第2話 ツンデレキャラになった葉桜さん

 クラス中が水を打ったように静まり返った。誰も一言も発さない。いや、発することができない。

 当の本人はというとなぜか得意げだ。無表情ながら、周りに花が見える気がする。


「えーっと、なんでもないんだね。急に変わったから、ほんとどうしたのかと思った」


 クラスの、葉桜さんによく絡んでいる女子がやっと声をかける。葉桜さんはその言葉に頷いた。


「でもさすが葉桜さんだねー。すっごい可愛い! やっぱ美人ってなんでも似合うんだなぁ」

「ありがとう」


 葉桜さんが普通に戻ったのを見て、みんなは各自の作業に戻った。その瞬間だった。


「べっ、別に今のですごく喜んだとか、嬉しかったとか、そんなんじゃないからっ……!」


 また、教室内の人間の動きが止まる。

 俺も自分の席からその一部始終を見ていたが、思わず持っていたシャーペンを落としそうになった。ほんとどうした、葉桜さん。

 そんなの、自らすごく嬉しかったと言ってるようなもんじゃないか……!


「そ、そうなんだね」


 声をかけた女子は困ったような顔をする。そりゃ、葉桜さんがこんな反応するとは思わないだろうからなぁ。

 葉桜さんはなぜか満足気に頷くと、カバンから筆箱を出した。それを見て、すかさず女子が声を上げる。


「あー、葉桜さん。筆箱変えたの? すごく可愛い! てか急に雰囲気変わったよね。やっぱりイメチェン?」


 確か葉桜さんの前の筆箱は、すごくシンプルなものだったはずだ。そしてそれは、彼女の雰囲気によく似合っていた。だけど、今出したものはどうか。フリルがふんだんにあしらわれた、ピンクの――言い方は悪いがぶりぶりしたやつだ。

 『いや、マジでどうしたんだ葉桜さん』というみんなの声なき声が聞こえる。

 

「そう。昨日買いに行ったの」

「そうなんだ~。てかそんなに急に趣味変えたのって、もしかして好きな男子でもできたから?」


 あまりにぶっこんだ質問に、クラス中の人間が反応した。ただこれは聞いてはいけないと思ったのか、表面上は他のことをしている素振りをしている。


「違う」

「え~、そっかぁ。じゃあ、ほんとに趣味が変わった感じなんだね」

「うん」


 即答した葉桜さんに男子は安堵のため息を吐いた。もし葉桜さんに好きな人ができたなんてことになったら、学校中で大騒ぎになるだろうな。

 しかし、次の瞬間――


「ほんと、好きな人がツインテールが好きとかじゃないから」


 そのとってつけたようなツンデレセリフに、クラスの雰囲気はまた凍ったのだった。


 







 葉桜さんは、結局昼休みまでその謎のツンデレキャラを貫き通した。今のところ、あまりの変わりぶりと、本人の満足気な様子を見て誰もツッコめてない。


「にしても、葉桜さんほんとどうしたんだろうなぁ」


 卵焼きをつつきながら、ふとそんなことをもらしたのは俺の友達の小林 剛こばやし つよしだ。教室の隅、一番落ち着く席で、俺と小林ともう一人の友人、石橋 学いしばし まなぶは弁当を食べていた。小林は野球部に入っていて、それなりに陽な感じなのだが、極度の二次元オタクであり、なんだかんだ仲良くなった。石橋は中学の時からの仲で、彼はよく二次創作で小説を書いている。要するに、オタ友ってわけだ。


「あぁ、なんか急にツンデレキャラみたいになったよね」

「だろ? 葉桜さんって、こう、さ。クールな感じじゃん。なのにあんな感じになってさぁ、しかも好きな人に合わせて変わったっぽいし」

「ツンデレもそのせいなのかな」

「でも現実であんなツンデレキャラ好きな人いるか? それこそ二次元の話じゃね?」

「うーん。分かんない、ていうかさっきから晴は黙ってるけど」

「俺?」


 なんとなく会話に入ってなかったのがバレたらしい。自分自身を指さすと、二人とも頷いた。

 

「そうだよ。葉桜さんの話なのに、ほんと興味なさそうに」

「だよなぁ。学校一、いや、下手したら世界一の美人があんなことになってんだぜ? もっと気にするだろ」

「まぁ、急に変わってどうしたんだろうとは思ったけど」


 そうだ。あんなクールな女の子が変なツンデレキャラになってるんだから、気になると言えば気になる。だけど別に、こうやって話すほどじゃないというか。


「けっ。思春期の男子のくせに、女子に興味ないみたいな顔してよぉ」

「そうだよ。すました顔して、ほんと美人にも興味ないんだから」


 二人に責め立てられた。理不尽すぎる。


「興味ないっていうか、美人とそうじゃない人の違いが分からないんだよな。葉桜さんがカーストトップの人間だってのは分かるけどさ」


 そう。俺は美人とかイケメンとか、そういうのが良く分からない。そもそも好みの顔というものがない。全員ただの顔というか、違う顔として識別できるけど、その中で優劣をつけるのが理解できないというか……

 

「美人とそうじゃない人の違い、か。それ前も言ってたよね」

「そうだな。まぁ、それなら……と言いたいところだけど、女子に興味ないとは言わせないぜ? だって、ラブコメ描いてるくらいだからな」

「ぶっ。剛なんでそんなこと知ってんだよっ!」


 思わず飲みかけてたお茶を吹き出しそうになる。


「いや~? この前家行かせてもらったときに見たんだよ。なんかめちゃくちゃ甘々な……」

「剛! やめろ! それ以上は言うな!」

「ヒロインは黒髪ロングで巨乳な美少女かぁ。男の夢だよね」

「学!?」

「だからお前も絶対葉桜さんのことが好きだと思ったんだけどな。違うんだな」

「単なる二次元の趣味だよっ!」

「まぁ、喋り口調はお姉さん系だったけどね。あー、あれ、ラブコメにしてはエロかった」

「も、もうやめてくれ! 俺が悪かった……っ!」


 羞恥心で死にそうだ。

 しかもよりにもよって描いてた中で一番エロいやつを……


 くっ、誰か俺を殺してくれ……!


 心の中で身悶えしていると、ふと昨日のことを思い出した。

 俺の漫画を読んだ葉桜さん。その漫画のヒロインはツインテールで、ツンデレで、そして持ち物はリボンとかフリルのついた可愛い系のもので……


「水無月くん、こういう女の子が好きなの?」


 葉桜さんの言葉が蘇る。そして、今日の言動と持ち物の変化。


 ……いや、まさかな。まさか、そんなわけないよな。うん。まさか。そんなはずない。


 湧き上がってきた想像を押し殺し、俺は弁当のハンバーグへと箸を伸ばした。

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