第2話 「タイムカプセル」

24時を回り、田んぼが広がる千葉の田舎は、ずっと闇と静寂で包まれていた。

その中に、ポツンとある中学校は、その静けさと共に田舎の閉塞感をより感じさせるようなものだった。

「ここ、だな」

坂上は、校門の木々が生い茂った場所にワゴン車を停車させた。

坂上が、車から下りると同時に、初瀬と涼も、それぞれ車から下りた。

「タイムカプセルを掘るんだったらよ、芳賀も連れてきた方が良かったんじゃないか?」

「芳賀君は現場の仕事があるって言ってたから無理だよ。そこは流石に皆も生活があるんだから無理はさせちゃいけないよ」

「それはそうだけど、でも、俺らだって、同じ条件でやってるだろ」

文句を言う坂上を初瀬は無視して、また中学校のフェンスをひょいっと飛び越えた。

涼と坂上も、それに続くように校内に侵入する。

大きく広がるグラウンドは、陸上用の鉄棒やサッカーゴールがあるぐらいで、質素なものだった。

「神野君、タイムカプセルはどこら辺に埋めたか覚えてる?」

涼は、辺りを見渡して、15年前のことを思い出した。

桜が広がる木々の下、クラス全員で埋めた、タイムカプセル。

「あれ…?」

涼は、昔のことを思い出す中で、そこの記憶が急にぼやけて、思い出せなくなってきた。

全員で埋めたのか、友達と埋めたのか、そもそも本当に埋めたのか…。

「覚えてない感じ?」

「いや、なんかそこの記憶が…」

涼は、ふとグラウンド全体を見渡してみた。

サッカーゴール、陸上部のマットに、鉄棒、野球のボンネットに、テニスコートも昔はあったような…。

そうやって順番に見渡した後に、最後に校庭の隅に並ぶ木々が生い茂っている場所が、急に脳を刺激した。

「あっ、もしかしたら、あそこかもしれないです」

涼が指差した場所に、3人は向かった。


「ここだと、思います。正確な位置までは覚えていないけど、なんとなくここのような」

「わかった。じゃあさっそく掘ってみようか」

ザクザクっと、坂上は大きなシャベルで、ひたすらに土を掘り始めた。

その様子を見る中、涼は15年前のことをずっと思い出していた。

「全然見つからねぇな」

坂上は、そう文句を言いながら、初瀬と涼も交代してな、と言ってまた掘り進めていく。

すると、カンっという音がして、同時にシャベルの勢いが、そこで止まった。

「なんか、あるぞ」

坂上は、慎重に他の土の部分を丁寧に掘っていくと、一つの白いカン箱が出てきた。

土に塗れたカン箱、涼はこれが何かわからなかった。

「あけてみるぞ」

坂上はそのまま箱を開けると、一枚の紙が折り畳まれて、入っていた。

初瀬は、スマホでライトをつけ、坂上の手元を照らすと、坂上はその紙を丁寧に広げた。

ちょうどA4ぐらいの紙の真ん中に、文字列が並んでいた。


「2007年 1月10日 新田眞子 北海道小樽市 杉並アパートにて17時」

「2008年 2月23日 波瀬綾香 岩手県宮古市 聡想塾帰り道にて21時」

「2008年 2月27日 三野悟  秋田県秋田市 部活帰り道にて18時」

「2008年 3月9日 横沢…」


その文字は手書きのような汚い字で、ずっと羅列されてあった。

「なんだ…これ…」

坂上は、そのまま紙をジッと見つめていた。

初瀬もその横で紙を見ながら、ん?と何か気づいたようだった。

「ねぇ、これって今までのKUJIRAの被害者の名前じゃない?」

坂上は、再度文字を見て、ほんとだ…と呟いた。

「…美香の名前もあるじぇねぇか」

初瀬は、間違いなさそうだね、と言って羅列される文字を眺めた。

「犯行の計画書か?」

そう言った坂上の声色に、涼は、坂上のその敵意が自分に向けられているかのように感じた。

「いや、これは僕らが15歳に頃に埋めたタイムカプセルだから、犯行計画書なんて、そんなのあり得ないと思います…」

涼の弁解に、坂上は、それでもまだ涼に迫った。

「お前の知り合いがKUJIRAで、ふざけてここに埋め直したとか?」

「そんなことする意味がわからないですよ」

坂上は、それでもまだ納得していない様子だった。

「涼、まさかお前がKUJIRAとかじゃないだろうな」

そう言った坂上の声が、少し勢いが増して大きな声になっていた。

「坂上」

急に、初瀬が間に入って、坂上をグッと見た。

「それはないよ坂上。仲間の詮索は組織の崩壊を招く。もう経験済みでしょ」

坂上はようやく落ち着いて、黙り込んだ。

「神野君、これを埋めたクラスの人達で今、連絡取っている人はいる?」

「いや、いないです」

「連絡手段は、なしか」

初瀬は、そう言って、また文字を眺めた。

「とりあえず、これがもしKUJIRAの犯行の計画書だとして、次もまた事件が起こると考えた場合、次の被害者はこの人になるよね」

初瀬が、指さした文字を涼も見た。

「2022年 11月10日 依田勝正 東京都練馬区 三通住宅にて20時」

涼は、思わず、え?と呟いた。

「依田勝正…。こいつ…当時のクラスメイトだ…」

ふと月が大きな雲に隠れて、闇が一層深くなった。



東京都、練馬区ー

東京では珍しい緑が生い茂り、その自然が各所で見える。

住宅街が並ぶ街並み、低層マンションやアパート、公園がポツンとあって静観としていた。

すぐ後ろに、イチョウの木が横にずっと立ち並ぶ、アパートに入る。

階段で4階まであがって、右奥から2番目のインターフォンを押した。

インターフォンの光がパッとついた。

「え、え、」

インターフォン越しに、男の動揺する声がした。

「久しぶり」

涼は笑顔をつくった。

数十秒後、勢いよくドアがバッと開いた。

「涼?」

「久しぶり、勝正」

勝正は、目を丸くして驚いたまま、そのまま笑った。

「お前、変わらねーな!」

「お前こそ、な」

勝正と涼は互いにまた笑った。

「てか、なんでここが俺んちだって知ってんだ?」

「中学の同級生から、何人か教えてもらってさ」

勝正は、ああそうなんだ、と納得した後、で用件はなんだ?と続けた。

「まあ、外で話すのもなんだからさ、とりあえず家の中で」

涼が、ふざけた調子でそう言うと、勝正は、それは普通こっちが言うんだよ、と笑ってツッコんだ。


「なに、どうしたんだよ」

勝正はそう言って、テーブルの上に、コップと2リットルの茶のペットボトルをそのまま置いた。

涼と勝正はテーブルを挟んで、向かい合った。

「いやぁ、実はさぁ」

涼が、そう言いかけたところで、勝正は、ちょっと待て、と急に割り込んできた。

「涼、お前マルチとか宗教とか、ネズミ講の勧誘じゃないだろうな」

そう言った勝正に対して、涼は、それは絶対にない、と返した。

「じゃあ、なんだ」

「勝正、一応聞いとくけど、お前結婚してる?」

勝正は、は?と発した後、いや、してない、と続けた。

「勝正、お前まさかまだ童貞?」

涼は、コップに茶を入れながらそう言うと、勝正は、あのよぉ、と溜息をついた。

「…まだ童貞だよ」

「お、じゃあ魔法使いってことだ」

「俺は遅生まれだから、まだ30じゃねーよ」

涼は、ハハハと笑った後、そのまままたお茶をグッと飲み干した。

「僕もさ、まだ結婚してなくて、マッチングアプリとか入れて色々やってんだけど、どうにもいい女の子がいないわ」

「俺も一応マッチングアプリは入れてる」

勝正は続けて、でも全くマッチしないし、俺そもそもかっこよくないしなぁ、と溜息をついた。

涼は、そんな勝正の目を見て、言葉の勢いを強めた。

「でもさ、そんな僕にチャンス到来したのか、友達でめっちゃ美人の子がいて、その子と今日合コンすることになったのよ」

涼は、その調子で話すと、勝正も、まじかよ、と合いの手を入れてノッてきた。

「2対2でやるんだけどさ、男の数が一人足りなくて」

涼がそう言うと、勝正は事を察したのか、そういうことか?と涼の目をグッと見つめた。

「あ、でもダメだ。俺は今日家で残務処理があったんだ」

「それ、家じゃないとできない感じ?」

「一応、そうだな」

「…まじか」

涼は、ふとスマホをつけた。

2022年 11月10日 19時5分、の文字が映る。

「ちょっと、ごめん、電話…」

涼が、そうい言いかけたタイミングで、またピンポーンとインターフォンが大きく鳴った。

「ん?誰だ?」

勝正は、おもむろに立ち上がって、人物を確認した。

「うわっ」

勝正は、そう大きな声を発したから、涼は思わず駆け寄った。

「どうした?」

「…美女が二人いる」

インターフォン越しに確認すると、初瀬がにこやかな顔をしている横で、目線を伏した斎藤がいた。


「かんぱーい」

初瀬が大きな声を上げて、缶ビールをプシュッと開けた。

机には、チーたらやカルパス、サラミやピザなどが広がっていた。

「勝正、お前残務処理があるんじゃねぇのかよ」

「いや、もういいんだ。今日ぐらい忘れちまおう」

勝正は、ご機嫌な様子で、初瀬と乾杯した。

大人の男女4人が居座る部屋は、2人でいた時よりも大分狭く感じた。

斎藤は、またノンアルコールビールをちょびっと飲んで、すぐにそれを机に置いた。

「依田勝正君、でいいんだよね?」

初瀬がそう言うと、勝正は、はいそうです、と勢いよく返事をした。

「じゃあカツ君って呼んじゃお」

初瀬はそう言って、勝正に笑うと、勝正は、かわいいィーと大きな声を出した。

「カツ君は、神野君とはどういう関係なの?」

勝正はビールをグッと飲んで、早くも2本目を開けた。

「涼っすか?涼とは、中学時代の友達です。もう15年も会ってなかったすけど」

勝正は、サラミを食べながら、涼に、そうだよな?と確認した。

「うん、成人式とかなかったし、そうなるね」

涼がそう言うと、勝正はピザを手に取って、そういえば…と呟いた。

「そういえば、あれ、なんでなかったんだ?」

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