KUJIRA

夏場

第1話 「始まりの音」

「やられるのは、次はあなたかもしれません」

涼は、それだけ見てすぐに動画を消した。

気づいたらもう24時を回っていた。

そのまま、リビングでスマホをいじっている妹のところへ向かう。

「スマホ、あんまりいじりすぎんなよ」

「うるへー」

CMで最近やたら広告されているチョコレートアイスを舐めながら、帆乃は言った。

涼は、おやすみ、と言い残してまた自室に戻る。

ベッドに入って目を瞑った。

さっきのオカルト系ユーチューバーの声が、まだ頭の中で反芻していた。

「くだらない」

スマホを置いて、涼は、もう一度ぎゅっと目を瞑り直した。


けたたましい目覚ましの音で目が覚めた。

カーテンを開けると、部屋に日光が差した。

ふと、涼は違和感を覚えた。

いつもの、朝ではない、そんな感覚。

野生の勘か、鳥肌がブワっと立ってゾッとするような恐怖。

部屋のドアを勢いよく開けてリビングに向かった。

帆乃が、ソファの前でうつ伏せで倒れていた。

「帆乃!!」

涼は帆乃を抱きかかえた。

出血や目立った外傷は見られないが、涼がいくら呼びかけても、帆乃は一斉起きる気配がしなかった。

すぐに119にかけた。

「すみません、妹が倒れてしまって、今すぐ来てください」

電話先の救急隊員は、落ち着いた口調で、わかりました、と言いすぐに電話を切った。

帆乃を抱きかかえたまま、涼は部屋を見渡した。

泥棒か、強盗か、部屋を荒らされた形跡などはない。

昨日帆乃に、おやすみ、と言ったあの時の景色とは、全く変わらない状態だった。

「帆乃!帆乃!しっかりしろ!帆乃!」

帆乃の胸に耳を押し当てて、その鼓動を確認した。

心臓はしっかりと動いている。

本当に、ただ寝ているだけのように思えた。


救急隊が到着して、そのまま涼も付き添って、病院に向かった。

担架に乗った帆乃が、治療室に運ばれる。

待合室で待つ涼の元に、数分後、すぐに医者がやってきた。

「お兄さんで、よろしいですか?」

「そうです、妹は無事ですか?」

「はい、一応大丈夫です」

「よかったぁ」

涼は、医者の、一応、という言葉にひっかかったが、そのまま胸をなでおろした。

必死な涼とは、正反対に医者は妙に落ち着いていた。

「妹さん、どういう経緯でこうなりましたか?」

「それが、自分が朝起きてリビングに向かったら、もう倒れてて」

医者は、そうですか、とだけ言って、涼の目をスッと見た。

「お兄さん。妹さんに出血や外傷などはありませんでした」

医者は、そのまま少し伏し目で、ただ、と続けた。

「ただ妹さんは、今ある種の昏睡状態にあります」

「は?」

医者は、そのまま涼を見つめた。

「…植物人間ってことですか?」

「説明できる範囲では、そういうことです」

医者は、そのまま少し決意したような様子で、再度涼を見つめ直した。

「妹さんは、普通の昏睡状態ではなく、脳機能や身体機能はしっかり機能しています」

「…どういうことですか?」

「10年前から、こういうケースが多々あります」

医者は、それだけ言って次の言葉を言おうとしなかった。

「は…意味がわかりませんよ。どういうことですか?」

「私の方からは、なんとも言えません」

「なんですか、それ」

「すみません、失礼します」

医者はそれだけ言って、急ぐようにその場を去った。

涼は呆然と立ち尽くしたまま、医者の後姿を見送った。

「なんだよ…それ」

医者の説明はまるで意味がわからなかった。


夜、外は闇に包まれていて、廊下もたまに看護師が通るぐらいだった。

目の前のベッドで、帆乃が眠っている。

医者に、あの後何度も掛け合ったが、答えはずっと同じで、もう相手にされないような態度だった。

涼は、帆乃の手をそっと握ると、その体温が伝わってきた。

「昏睡状態…どういうことだよ」

そのまま、涼は泣いてしまった。


「ちょい」

「…」

「ちょいって」

ふっと涼が顔を上げると、髭を生やした大柄の男が涼を見ていた。

「少年、妹さん、もう目覚まさなくなっちゃったのか?」

男は、泣きじゃくっている涼を見て言った。

「…誰ですか?」

「ここでは教えられないな」

その人は、そう言って、廊下の向こうにある出口の方向に目を細めた。

「俺、妹さんの症状、一応わかる病院知ってるけど、来る?」

「え」

ぼうぼうに生えた顎髭、口髭。

どっかのアメリカ映画で見たような、そんな大男といった感じだった。

「冷やかしですか…?」

涼はそう言って、帆乃の前に被さるような体制をとり、大男を睨みつけた。

「そんなんじゃないよ」

大男は余裕のある表情で、また涼を見た。

「まず、誰ですか?医者ですか?誰かの見舞いですか?泣いている僕を見かけて励ましにきたんですか?構わないで下さい」

怒りのトーンを強めて、涼はそのまま大男を追い払おうとした。

大男は、それでもまだ、その場に残って次は帆乃をジッと見つめた。

「妹さん、医者からなんて説明受けた?」

「あなたには関係ありません」

涼がそう言い切ると、大男は、また涼に目を戻した。

「ある種の昏睡状態、もしくは、10年前からとか…言われなかったか?」

大男はそう言うと、驚いている涼に対して、ニヤっと笑った。

「別に妹さんを取って食ってやろうとか、そんなことじゃねぇよ」

大男は、続けて、どうする?と涼に聞いた。

もう涼は後がなかった。

「病院は…どこですか…」

涼は、藁にも縋る思いで言った。

大男は、2人でついてきな、と言って、そのまま部屋を出て行った。

涼は頬がまだ冷たいまま、そのまま帆乃を車椅子に載せて、大男について行った。


ワゴン車、後部座席に座った涼は運転する大男をジッと見ていた。

「あ、名前聞いてなかったな」

大男は、そう言って、バックミラー越しに涼と目線を合わせた。

「俺は、坂上豪。歳は52。好きな食べ物はりんご。あとはなんだ、あ、一応バツ1な」

坂上はそう言って、ハハっと濁ったような笑い声をあげて、あんたは?と涼に聞いた。

「僕は、神野涼って言います。歳は30です」


ふとナビゲーション画面を見ると、現在地に、足立区とあった。

車はそのまま大きく右折をして、路地裏に入っていった。

急に視界がパッと開けて、そこに小さな病院らしきものがあった。

ただ、ツルなどに囲まれていて、もう使われていないようにも思えた。

東京、足立区の病院。

小さな、路地裏にあるその病院は、車の数も少なく、ただ怪しかった。


しかし、病院内は外見とは反して案外綺麗だった。

受付や廊下に並ぶ待合席があって、それなりの町病院に思えた。

ただ、看護師や他の人などはいない、とても閑静な廊下が、スッと伸びていた。

「案外綺麗だとか、思っただろ」

坂上はまた笑って、歩き続ける。

涼は帆乃を車椅子にのせて、ただ回りを見渡しながら坂上についていく。

階段で2階にあがると、長い廊下の両脇に、何室もの部屋が並んでいた。


廊下を進むと、右奥の部屋から光が漏れていて、何やら複数人の話し声が聞こえた。

その部屋に向かって坂上は歩いていく。

「おーい、人助けしてきたぞ」

坂上は部屋の前で、大きな声で呼びかけるように言った。

涼は坂上の横に並ぶようにすると、視界が開けた。

大きなワンルーム、長パイプ机が真ん中に置いてあって、横の並ぶ本棚に本が大量にあるその部屋に、4人の男女がいた。

「え?」

涼を見るなり、最初にそう発したパイプ椅子に座ったロングヘアーの女。

「は?誰だよ」

女に続くように、帽子を深く被った男がキッと涼を睨みつけた。

坂上は、彼等の言葉を無視して、涼に笑って、まぁそこ座ってや、と声をかけた。

涼が、そのままパイプ椅子に座ると、前にいるショートヘアの女がジッと涼を見つめていた。


「兄ちゃん、こいつらにあんたの自己紹介してもいい?」

坂上が涼にそう聞いても、涼はまず、この現状が全くわからなかった。

「すみません、まずここは病院ですか?この人達は誰なんですか?」

少し混乱している涼を見て、帽子の男が、坂上をスッと睨んだ。

「坂上、こいつに現状を説明しないまま、ここに連れてきたな」

詰められた坂上は、すげぇ困ってたから、と口をごもつかせると、帽子の男の勢いが強まった。

「こいつがもし政府の関係者、もしくはあっち側の組織の人間で、これがトラップだとしたら、俺ら全員終わりなんだぞ、てめぇそれを少しでも考えたか?」

キレた口調でそう言う帽子の男に、坂上も何か言い返そうとしたが、涼をチラッと見て、それを抑えた。

「すまん」

一瞬、部屋が静かになると、急にショートヘアの女が、とりあえずさ、と切り出した。

「まぁまぁとりあえずさ、彼には説明した方がいいんじゃない?その車椅子の女の子が被害者な事は、間違いないんだよね?」

ショートヘアの女はそう言って、涼以外の3人を確認するように見た。

坂上はそれに頷いて、涼の隣で眠る帆乃を見たまま、被害者は彼の妹だ、と続けた。


「君の妹さん、特殊な昏睡状態だって説明を医者に受けた?」

「はい」

「心機能と脳機能は通常で、的な?」

「…はい」

「そっか」

ショートヘアの女は、少しだけ間を置いてから再度、3人を見つめた。

「多分、彼は嘘ついてないよ。政府の人間とかあっち側の関係者か何かじゃないと思う。本当の被害者っぽい」

ショートヘアの女の言葉に、帽子の男がまた彼女を睨んだ。

「それでも、言うのか?」

ショートヘアの女は、そうだねぇと前置きして、帽子の男をまた見つめた。

「仲間は増えた方がいいし、どっちみちここに連れてきちゃったしね」

帽子の男は、一度下を向いて、そのまままた顔を上げた。

「嘘だったら、こいつと坂上も殺すからな」

ショートヘアの女は、ハハッと笑って涼に向き直した。

「妹さん、病院においておけないとか、言われた?」

「いや、そういうことは言われてないですけど、今後、妹に何が起きても当院は責任を負いかねる、という説明を受けました」

「なるほどね」

「なので、病院はもう信用できないので、妹を引き取って、自分で面倒をみようと考えてました」

そう言った涼に、ショートヘアの女は、うーんと唸った後、パッとまた帆乃を見た。

「別にそれでも構わないけど、その場合、多分今後妹さんが目覚める可能性は少ないし、何より病院が政府に報告してた場合、妹さんが強引に取られてしまうからなあ」

「…どういうことですか?」

涼は、その言葉の意味が全く理解できないまま、混乱した。

ショートヘアの女は、涼が落ち着くのを待つように、少し黙ってから、また続ける。

「君は、KUJIRAって知ってる?」

涼は、昨日寝る前に見ていた動画のことを思い出した。

「動画やなんかで一応」

ショートヘアの女は、そっかと言った後、涼を見つめた。

「結論から言うね」

「…はい」

「君の妹、KUJIRAに犯されたと考えられる」

「は?」

涼は、意味がわからなかった。

「え?あれって…10年前に始まった流行り風邪とかじゃ…」

そう言って動揺する涼を見ても、ショートヘアの女は、そのまま、言葉を続けた。

「まず、世間一般では、KUJIRAは自然現象、という認識だよね」

「…はい」

「けど、KUJIRAは自然現象なんかじゃない。人による人害だよ」

「え?」

「もうここまで話したら戻れないや」


涼は、さっきから、額からずっと汗がダラダラと流れて、止まらなかった。

自分自身が今、どういう状況にいて、どういう現実が起こっているのか、一気に進んでいく今にとても焦っていて怖かった。

若干身体が震えている涼に、ショートヘアの女は、気づいた。

「無理もないよね。人生っていきなり何が起こるか本当にわからないし」

ショートヘアの女はそう言って、帆乃をジッと見た。

「妹さん、何歳?」

涼は、え?と発した後、すぐに、今年20になる歳です、と返した。

「とっても可愛い顔してる」

パッとショートヘアの女は、笑った。

優しさに溢れたその顔は、同時に強い寂しさも感じた。

涼も、そのまま帆乃を見た。

帆乃の顔、長いまつ毛が盛り上がる目に封をして、閉じている。

涼は、帆乃のその前髪が、眉にかかったのを横に流してやった。

その寝顔は、やっぱり可愛いかった。

親のいいところは全部帆乃が持っていった、と知り合いによく言われていたのを涼はふと、思い出した。

「僕がこんなんじゃダメだ」

涼は帆乃の寝顔を見ながら、そう呟いた。


ショートヘアの女は、そんな涼を見て、強いなぁと笑った。

そのまま、涼の目を再度しっかりと見た。

「私達はさ、政府に秘密裏に活動している対KUJIRA組織なの」

「対KUJIRA組織…?」

「うん。言ったらKUJIRAにやられた被害者遺族達みたいなもんね」

「…ここは?」

「ここは、KUJIRAにやられた被害者達がいる病院」

「被害者の皆さんは、どこにいるんですか?」

「ここにくるまでに何部屋もあったでしょ?被害者達は、それぞれそこにいる」

涼は、ふと、さっき通った廊下の静寂さを思い出した。

「私達も、君の妹さん同様、大切な人をKUJIRAによって犯され、昏睡状態にされてしまった」

涼は、ふと坂上を見ると、彼は空虚な目をして、また遠くを見ていた。


「君の妹さんは一応、ここで預かることはできる。でもそうするならば、私達の組織に入ってもらうことが条件になる。そしたら当然、互いが互いを信用することになる」

ショートヘアの女は、文字をスラスラと羅列するように話し続ける。

「あなたはこの事を口外するような人じゃないと思う。それを私達が信じた上で、君が妹さんをここに預けて、私達の組織に入るか、あなたはこのまま私達と離れて、妹さんをどうにか守っていくか、君に選択権があるよ」

涼は、思わずグッと黙り込んだ。

「ちなみに、KUJIRA関連の調査によって、不審な死を遂げた私達の同僚は、沢山いる。この組織に入るってことは、文字通り命をかけることになる」

ショートヘアの女は、ただ平然にそう言った。

「今なら聞かなかったことにできるよ。どうする?」

涼は、ジッと帆乃を見ていた。

「妹は、助けてくれるんですか」

「医者や病院や自分自身に頼るよりかは、ずっとマシだと思うけどね」

「…妹を、助けて下さい」

「私達を信じてくれてありがとう」


ショートヘアの女は、じゃあまずは、と呟いて、涼を見た。

「まずは自己紹介するね。私は、初瀬薫。一応組織の副リーダーって立ち位置。歳は38」

初瀬は、そう言って、坂上に目をやった。

「俺は、もうさっき車で自己紹介したけど…坂上豪。歳は52。坂上さんって呼んでくれ」

坂上はそう言って涼に笑うと、初瀬からパシっと頭を叩かれた。

その様子を見てから、ロングヘアの女はやっと口を開いた。

「えっと、私は、斎藤綾香です。歳は25歳です」

斎藤は躊躇いがちにそう言って、よろしくお願いします、と続けた。

「これ、みんな自己紹介しなきゃいけないのかぁ?」

そう乱暴に言った帽子の男は、ツバを深くして、ジッと初瀬を睨んでいるかのように見えた。

「当たり前でしょ。もう、ほら。彼もメンバーになったんだから、はやく、やって」

初瀬はふざけた調子で、ほらほら、と男に催促をかけると、男は、また舌打ちをした。

「芳賀俊介。22。以上」

芳賀は、そういって黙りこんだ。

初瀬は、涼に向き直して、最後に君は?と聞いた。

「僕は、神野涼って言います。歳は30歳です」

初瀬が、神野君ね、よろしくね、と微笑んで手を差し出してきた。

涼も、そのまま手を出してぎゅっと初瀬と握手をした。


「じゃあさっそく、私達が知っている範囲で、KUJIRAについて、説明するね」

初瀬は、また涼をグッと見た。

「2007年、今から15年前ね。北海道小樽市で当時10歳の女子小学生が、留守番の最中に何者かに襲われ、昏睡状態に陥った」

「15年前…」

「女の子の症状は奇妙なもので、脳機能心機能、身体の機能は通常通り機能しているのに、昏睡状態になっている、というものだった」

「その時から、今と同じ症状だった、ということですか?」

涼が初瀬にそう聞くと、初瀬は、ただコクっと頷いた。

「現場の目撃情報等で、事件発生時、クジラの着ぐるみを被った人が、その小学生宅に侵入した、ということがわかった」

「当時、テレビやニュースで報道してたような…」

「そうだね。ここまでは、テレビも一斉に報じていたわ。気味の悪い事件だったから、メディアはとても面白がった。やっぱり神野君も、覚えているよね?」

「はい、当時かなり話題になって、記憶してます」

「でも、問題はここから。その事件が起きて半年ぐらい経ってから、急にその事件の続報をメディアは報道しなくなった。これ、どういうことかわかる?」

「どういうことですか?」

「どこの誰かが圧力をかけたってこと。メディアを抑えるぐらいだから、もっと大きな存在。政界とか、超大企業とか、ね」

そう言い切って、初瀬はふぅっと少し息を整えた。

「それでね、2008年、また次の事件が起きた。今度は岩手県宮古市、当時15歳の女子中学生が、学習塾の帰り道にまた襲われ、同じ状態に陥った」

「それは、知りませんでした」

「彼女の症状も、今の被害者達と同じ容態だった、と聞いてる」

涼は、また帆乃を見て唇をグッとかみしめた。

「ここから、1年前まで、日本各所でKUJIRAの事件が起きていた。私達の分を含めて、十数件は把握しているよ」

「じゃあ妹は、1年ぶりの新たな被害者ってことですか?」

「…私達が知る範囲では、そうなるね」


「これまで起こった事件も、いくつかは報道され、また続報がないまま有耶無耶になった。メディアはこれをKUJIRAと名付けて、自然現象の事故、という風にしたの」

「そう、だと思ってました」

「この説明がつかない事項、なんらかの異常な作用による自然現象としてメディアはそれを国民に認知させるようにした」

「メディアコントロール、みたいなことですか?」

「まさにそう。大衆は考えないからね。段々と、皆、そういう自然現象だ、として理解し始めた」

初瀬は、涼に、君もそう思ってたでしょ?と続けた。

涼も、また、はい、と静かに頷いた。

「でもね、これに疑問を呈するジャーナリストもいた」

涼は、ふと斎藤と芳賀を横目で見た。

二人はずっと目線を下に落として、黙っていた。

「彼は、これらの事件関連を追っていた矢先、突如自宅で首をつっているのが発見され、死亡した。警察の発表では一応、自殺、とされている」

「その件も、本当はKUJIRA関連の何者かに殺害されたんですか?」

「もう真相はわからない。ただその可能性は十分ある」

「…なるほど」

「続いて春日向という週刊誌がこれをネタにした」

「…まさか」

「そう、まさかだよ。覚えてるでしょ?2015年、今から7年前だね。春日向社爆破事故が起きた」

「死者10名、負傷者20名を出した大事故でしたよね」

「そうね。警察は、これを死亡した職員のタバコの火による引火事故として処理した。死人に口なしってことでね」

「…これも本当は、その事件ってことですか?」

「うん、私達はそう考えてる。そして以上が私達が把握している範囲での今までのKUJIRA関連の事件、となる」


「あと伝えることはね…」

「今日いるメンバーだけじゃなくて、あと十数人ぐらい、いる。普段は、みんな普通に働いているからね」

初瀬は、ここにいる彼等もね、と続けて、涼以外の3人に目をやった。

「私達の目的はね、KUJIRAの情報を集めて、追いつめて、私達の大切な人を元に戻してもらうこと」

「そうすれば、帆乃も、目を覚ます可能性はあるんですか?」

「可能性はある。ただね、KUJIRAがどういうものなのか、個人の犯行か組織の犯行か、この昏睡状態は、何か化学兵器によるものなのか、研究者の新薬によるものなのか、被害者は、それの実験体にされたのか、まるでわかっていない」

「…全く、わかっていないんですか?」

「いや、ごめん。語弊があったね。被害者については一応、わかっていることがある」

初瀬は、スッと帆乃を見た。

「それは、昏睡状態の被害者は食事もしないし排泄もしない、そして成長もしないってこと。被害を受けた日の、そのままの状態でいるの」

「不老不死…ってことですか?」

「そんなオカルトめいたことじゃないと思うけどね」

初瀬はそう言って、また少し涼に笑った。


「過去には、政府に突如、被害者自身を持ち去られた遺族もいる。ここにいるのは、皆そういうことから逃れてなんとかいる人達なんだよ」

「そうなんですね…」

「あとはね、一応、うちには、医者と研究者のメンバーがいる。彼等が色々な情報を元に、KUJIRAについて研究してくれている」

「現状、研究はどこまで進んでいるですか?」

涼が、少し明るいトーンで聞いても、初瀬の声色は変わらないままだった。

「正直まだわからないことだらけだよ」


もう夜もすっかり更けて、時刻は24時を回ろうとしていた。

「神野君は、何人暮らし?」

「妹との、2人暮らしです」

涼がそう言うと、初瀬は、ただ、そっか、と言った。

「じゃあ、とりあえず君の身元も、もしかしたら危ないから、荷物纏めて今日中に引っ越しちゃおうか」

「え?どこにですか?」

「私達が協同で出資しているアパートがある。なんならここに住むのもありっちゃありだよ」

「…アパート、いいんですか?」

「もちろん。でも君もいつもは社会で働いて貰うよ」

「もちろんです」


初瀬は、そのまま涼以外の3人を見た。

「じゃあ今日のところはこれで解散。お疲れ様!」

芳賀は、ガっとパイプ椅子の音を立てて立ち上がり、出ていった。

斎藤は、ありがとうございました、と軽くおじぎをして、また出ていった。

坂上は、ふと初瀬を見て、あの説明もいいのか?と促した。

初瀬は、え?と発した後、ああそっか、と涼を見た。

「KUJIRA関連でもう一つわかっていたこと、というか、よくわからないことがあるの」

「なんですか?」

「被害者達が、たまに口にする言葉があるのよ」

「口にする言葉?」

「今日の夜も言うかも」


そのまま、病院内の一室に来た。

部屋は、簡易的なベッドや、椅子があるだけの質素な造りだった。

ふと隣を見ると、中学生ぐらいの女の子が、そのベッドで眠っていた。

「ここ、空きベッドだから」

初瀬は、そこをポンポンと叩いた。

「あ、一応シーツと枕カバーは週末には毎回変えてるし、日光だって、昼間は部屋に差すようになってるから、そこは安心して」

帆乃をそのベッドで寝かした。

ふと、部屋の真ん中にあるかけ時計に目をやると、もう針は、12を差そうとしていた。

「言葉、そろそろ言うかも」

カチカチっと針が動いて、その時ちょうど24時を差した。

ふと、帆乃の口元が静かに動いた。

「ミライシリトリサイショハウサギ」

静かな声で、帆乃はそれだけ言った。

初瀬と坂上は涼を横目で見た。

「なんだっけ…」

涼は、ずっと昔を思い出しながらまた考えた。

とても、記憶にある、何かの言葉だった。

「涼、お前このことについて何か知ってるのか?」

坂上は、少し興奮した様子でそう言った。

「なんだっけな」

涼は、またずっと考えるうちに、ブワっと思い出すことがあった。

「あっこれ…僕が中学卒業する時に、みんなでタイムカプセル埋めた時の合言葉だ…」

初瀬と坂上は、涼をグッと見つめて黙り込んだ。

「さすがに、関係ないですよね」

涼が、慌ててそう言うと、初瀬は、いや、とそれを遮るように言った。

「いや…中学校に行ってみる価値はありそうだね」


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