3話

おーい


 声が聞こえてくる。どこか安心するような暖かさをくれる声だ。

 俺はこの声を知っているのかもしれない。




 起きてくださいよ


 やめろ。

 俺はもう起きたくない。

 このままアイツに会いたい




 先輩!


 俺はその大きな声ではっと起き上がり目が覚める。

 俺は辺りを見渡し声の主を探すのだ。

 前を見て、ここは図書館だとわかった。左を見る。......最後に右を見ると......


「な、なんで......」

「?先輩、どうしたんですか?そんな驚いたような顔して」


 そこにあざといくらいに首を傾げ不思議そうにしている少女がいた。

 俺は彼女に見覚えがある。いや、忘れるはずがない。いなくなって、まだ一ヶ月も経っていないのだから、黒い艶やかな髪に小動物を思い起こさせる肩に届かないくらいの髪の長さに芸能人ほどでもないが整った顔立ち。


 アイツがいた。俺が今、一番会いたかった人。もう会えないと思っていた人。その彼女が俺の前で動いている息をしている喋っている俺を見ている。


「先輩大丈夫ですか?

 あっ、もしかして私が死んじゃう夢でも見たんですか?

 なんちゃって」


 俺を揶揄うようなおちゃらけた口調......間違いないアイツだ。

 俺は生きている彼女を見て涙が滲み出てくる。涙が勝手に体の奥底から湧き出てくる。止めることができない。彼女には絶対見られたくない涙が止まらずに次から次へと雨のように落ちていく。


「せ、先輩、ホントに私が死んじゃう夢見てたんですか!?

 と、とりあえず、これで涙拭いてください。」


 そう言いながら焦りながら彼女はティッシュを取り出して俺の涙を拭いてくれている。

 ただ、涙は次から次へと溢れてくるのだ。俺は彼女が涙を拭いて俺に触れているのを見て我慢の限界に達した。

 俺は彼女を抱きしめて唸るように泣く。 

 彼女の存在を確かめるように、もういなくならないようにと強く抱きしめる。


「せせせ、先輩!?

 ちょっと、何してるんですか!?

 ......ホントに嫌な夢でも見たんですか?」


 そう言いながら俺の頭を撫でる。

 夢......夢なのかもしれない悪い夢なのかもしれない。これが現実なのだ。彼女は生きていてここにいるのだから......俺は彼女の撫でてくれる手を掴み握る。もうどこへも行かないよう。

 それからしばらく彼女を抱きしめていた。ただ、徐々に恥ずかしさが込み上げてきて彼女を離す。


「落ち着きましたか?」


 彼女は優しい安心するような温かい声音で言ってくる。

 彼女の声音だ。安心するような優しい鈴の音色のような声。

 俺にいつも話しかけてきてくれた声。その声を聞くと、また中から溢れ出てきてしまいそうになる。

 俺は彼女を見つめる。目に焼き付けたかったからだ。彼女の顔がどんどん赤くなっていくのが目に見えて分かる。

 そして、彼女は恥ずかしさに耐えかねなくなったのか。


「せ、先輩!そんなに見つめないでください

 今日の先輩は変ですよ!こんな人目があるようなところで起きたと思ったら抱きしめてきて」


 そう言われて改めて周りを見ると、そこは図書館であり俺たちを見るように人が集まってきていた

 そう自覚すると、さっきまでの行動が途端に思い出して顔が熱くなるのが分かる。そうさっきまでの行動は見られていたのだ。


「すまん」


 そう言うと彼女は微笑みを浮かべ、ニヤリと口を孤に描く。

 この顔は俺を揶揄う時の顔だ。

 そして、思ったとおりに揶揄い始めるのだ。


「それで先輩は、どんな夢を見たんですか?

 そんなに怖い夢ですか?高校三年生にもなって年下に抱きつくなんて......あっ、もしかして、ホントに私が死んじゃう夢だったりします?先輩はさみしんぼですね」


 俺は彼女の声を耳に残すように聞く。

 いついかなる時も聞き逃さないように彼女の声が聞こえたら気づけるようにそんなことをしているからだろうか


「先輩、無反応は辛いんですけど?

 いつもみたいに怒鳴ってくださいよ」

「なんで?」

「なんでって、揶揄ってるんですから、反応してくださいよ。これじゃあ、私がいじめてるみたいじゃないですか?」


 そう言われても俺は怒鳴る気にはなれなかった。

 昔とは違う今の俺には、俺を暗闇から救ってくれた彼女を怒鳴る気にはなれなかった。


「やっばり、今日の先輩は変です。

 ホントに私が死ぬ夢を見て私のありがたみを知ったんですか?」

「そうだな」


 俺は何事もなく答える。

 当たっていたから......アイツのありがたみを知った。その彼女が俺の前で生きている。これほど嬉しいこともない。

 そして、これほどアイツを愛おしいと思ったこともない。今すぐに彼女の頭を撫でたかった。その柔らかそうな頬を触りたい。

 そんな感情が湧いてくる。それほどに彼女が愛おしくてしょうがない。

 今、俺の即答に狼狽えている彼女が赤くなっている姿を見て


「そ、そうですか?まぁ、ようやく私のありがたみー!

 な、何するんですか?」

「ごめん、あまりにも可愛かったから」


 俺は気づいたら彼女の頬を触っていた。

 フワリとスベッとしていて気持ちが良かった。そこに生の暖かさを感じるのだ。アイツはここにいる。そう俺の手を伝って教えてくれる。 


「か、可愛い!

 せ、先輩、ホントにどうしたんですか?

 私には普段そんな甘い顔見せてくれたことないじゃないですか」


 そう言えば彼女の前で俺は自分の気持ちを出したことはなかった。

 笑ったこともなかったかもしれない。

 目の前にいるのに笑ってくれない男、それなのにずっとそばにいてくれたのだ。


「あぁ

 お前がいなくなる......俺にはもう耐えられない」


そう言った時、彼女は悲しい優しい目をした。


「先輩、なんの夢を見たか聞いてもいいですか?」


 そう彼女が優しい声で聞いてくれる。

 聞かれた俺は思い出したくはないが思い出し彼女に話していく。

 彼女がいなくなって感じたことを、もう二度とこんな思いをしたくないことを、彼女は聞いてくれた。その間に気づいたら俺の手も握っていた。

 そして、話終わると


「そうですか

 でも、大丈夫ですよ。私はここにいるし先輩を置いていったりしないので、それでも不安なら......これをあげます」


 そう言って取り出したのはストラップだ。

 クマがついたストラップ。彼女が俺の誕生日に渡すはずだった。俺の趣味に合わないストラップ


「先輩、今、俺の趣味じゃないって思いましたね?

 そうですよ。私の趣味です。前に言いませんでした?クマが好きなんですよ。私」


 初耳だった。

 でも、聞いたことがあるかもしれない。水族館でクマを見ていた。そう言えば水族館で買って渡したストラップは白くまだったかもしれない。

 だから彼女は喜んだのだろうか?


「これはですね。先輩を私の趣味で塗り潰そう企画です。

 やっぱり周りから変えて私色に染め上げてあげます。

 そして、このクマを私だと思えば寂しくないですね。

 ......ホントは誕生日プレゼントだったんですけどね」


 それを聞くと彼女らしいと思った。

 これから、彼女の好きなものを知っていこう。俺もいつか彼女から心の底から喜んでくれるプレゼントをあげたいから


「ありがとう。大切にするよ」

「あっ、でも私が死んだとしても、あとを追って死ぬとかやめてくださいね。私のあとに先輩が来たら口聞いてあげませんから」


 彼女がそんなことを言い出した。

 彼女のあとを追う。俺はやるかも知れないな。実際、山から落ちた時も諦めて彼女に会えることを嬉しく思っていたくらいだ。

 でも彼女が死んだあと口を聞いてくれないのは嫌だ。


「わかったよ」

「よかったです。それから、死んだあとに私以外の人と恋愛してもいいですからね。私は先輩には幸せになってほしいですから」

「俺が好きになるのはお前だけだ」


 そう言うと彼女は照れ臭く笑ったあとに、それでもと念を押してきた。

 なぜか違和感があるような気がする。なんで彼女は突然こんなことを言い出すのだろう。

そう思っていると彼女がなぜか泣き始めた。

それを見た俺は焦った俺は何を言ったのだろうか。彼女がなんで泣いているのか分からなかった。


「ごめんなさい。先輩にそんなこと言って貰える日がくるなんて」


彼女がそう言った時、俺の心が締め付けられた。

だって、彼女が泣いたところなんて見たことなかったから彼女は強いと思っていた。俺よりもずっと......でも彼女も女の子なのだ。

俺は彼女の頭を撫でる。撫でると彼女はくすりと笑ってこう言った。


「前にもこう言うことあった気がしますね。

覚えていませんか?私が部活に入っていた時に失敗した私に先輩は何も言わずに缶ジュース一本だけ置いていったの」


そう言われても俺は思い出せなかった。

俺が思い出そうと四苦八苦しているうちに彼女は話を続ける


「その時、私は先輩に興味を持ち始めたんですよ。最初は、なんで私にジュースを置いたのかわかんないくらい暗い人出したけど、話していくうちに重菜人なんだなって思いました。揶揄うと怖くもない怒鳴り声をあげるのが可愛かっです。

って、何言ってるんですかね」


彼女は照れながら笑う。

彼女のこの話は初めて聞いた。

俺はてっきり適当に話しかけてきたものだと思っていたが理由があったのか。

そして、彼女は改めて言うのだった


「先輩、好きです」


 彼女はそう言った。

 すると次の瞬間、俺の視界は変わった。

 暗闇から光が漏れてくる。俺は目を開けたのだ。

 俺が目を開けた先には母親が震えながら目を開けた俺に抱きついてきた。


 ここは......病院か

 夢だった。あれは俺の夢なのか。俺は泣きそうになる。彼女が死んだことを思い出し、もういないのだと思い出したくもないことが思い出される。

 このまま死にたい。そう思った時に床に何かが落ちる音がする。


 母親がそれを拾い俺に見せてくる。

 スマホだ。そして、そこで揺れていたのはクマのストラップだった。

 俺は彼女が言ったことを思い出して泣くのだった。それを母親は抱きしめてくれた。母は震えていた。もう離さないと力が強かった。


 あぁ

 母親は俺と同じ気持ちなのだと理解した。もしかしたらアイツも俺が死ぬことを想像してああ言ったのかもしれない。

 そう思った時に俺は生きようと決めた。生きてみようと彼女がいない世界を俺が幸せになれるように......





 いい天気だ。

 俺は空を見上げてそう思う。今日は絶好の山日和だ。

 あれから1年が経過していた。入院して受験して時間はあっという間に過ぎていった。俺がなんで見つかったのか聞いた。あの時すれ違った老人が助けを呼んでくれたらしい、あの時の俺はどこか危なかったらしい、まるで昔の自分のようだと語ってくれた。

 そして、最後にその老人は生きていればいいこともある。そう言ってくれた。


 それもあったのかも分からないが俺は生きている。山を登っている。

 あの時、登頂出来なかった山だ。彼女に景色を送ったなかったからだ。

 入院したあとにリハビリがあった。俺は足の骨を追っていたしそれ以外も損傷が激しかったらしい。

 それから、大学受験もあった。結果的には第一希望の大学を受けて受かった。

 大学受験にはクラスメイトが協力してくれた。授業を休んでる間のノートを見せてくれた人もいた。俺はそれに応えられるように頑張った。


 そして、今でも遊んでくれる友人もできた。

 出来過ぎだと思ったが大学には、まだ馴染めたない。ただ、諦めずに頑張ろうと思う。アイツの分も精一杯。

 そんなことを振り返りつつ山登りを続けていた。昔は灰色に見えた山も景色が綺麗に見えた。



 頂上についた。

 その山の上の景色は綺麗だった。あまり大きくはないが自然を肌いっぱいで感じることもできた。

 山から見える景色を見ると俺はちっぽけに見える。そんなもんなのだろう。

 俺はスマホを取り出し写真を撮る。今度は落とさない。スマホには俺の宝物が付いてるからだ。

 俺はアイツに向け送信したあとに空を見る。

 太陽が温かった。まるでアイツが応えてくれるように感じた。

 俺はこれからも生きていこうと思う。母親を心配させない為にもアイツに死んだあとの話もできるようにいろいろ経験していこうと思う。

 今は彼女以外に好きだ人はいない。でも別にいいだろう。俺はまだ彼女が好きだ。死んだ後も好きだと彼女に言いたいのだから。

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山から落ちたら死んだはずの後輩と出会う話 砂糖水 @meruMonsterUMAI

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