2話

俺はグチャグチャになった山に足を踏み入れていた。スライムを踏んでいるような感覚が足に集中して泥が俺が履いている長靴を汚す。

 山に登っている人は少なかったがちらほらとすれ違った。こんな地形が悪くても登る人はいるんだなと思った。雨は降ってはいなかったが雲が多く、その雲が俺の気持ちをさらに曇らせていく。


 アイツに雨の写真を撮って送る予定だったが、こんな景色送ったところで悪態を突かれるかも知れない。でもアイツなら口では色々言いながらも笑ってくれるだろう。俺の前でも太陽のように笑っていたのだから、アイツが生きているうちに俺がアイツを思ってやった行動なんて指を数えるほどしかないから喜んでくれるはずだ。昔、アイツにジュースを奢ったことがあった誕生日だから何かせがまれたからだ。その時、アイツとあってまだ日が浅かったこともあり、なんでコイツに誕生日プレゼントをあげなければならないのか全く分からず適当に近くにあった自販機で飲み物を買って、アイツに渡したことがあった。その時、アイツはぶつくさと文句を言っていたが顔は嬉しそうに笑っていた。正直なにが嬉しかったのか分からなかった。そんなことが何度かある。しまいには水族館で買った安物のストラップを家宝のように大切にしていた時もあった。しかも少し汚れてきたにも関わらず、ずっとスマホに付けていた。

 そんな彼女に送るのだ。こんな雲が多い風景でもアイツなら太陽のように喜び笑ってくれる。


 俺はそう思い足を止めずに山を登る。山にはアイツによく連れられて登っていた。嫌だと言っても「先輩は運動不足なんですから運動しましょう」と軽い山から俺にとっては登りづらい山にまで登らされた。

 俺が顔を歪ませながら登っていく中、アイツはハイキングにでも行くように軽々登っていく。

 そして、笑いながら「先輩遅いですよ」と意地悪っぽく言う。それを悪態をアイツに投げかけながら登っていくのが、いつもの俺とアイツの山登りだった。


 ただ、今は一人孤独に登っている。いつもより辛い。目眩はするし足は痛い。動きがアヒルのようにフラフラとしている。アイツとの会話が俺に力をくれていたのかもしれない。ここでもアイツがいなくなったことを、また痛感させられる。


 そんなどこかアヒルのようなフラフラする足取りで歩いていた俺を見て危なく思ったのかもしれない。声が聞こえてくる。


「あんちゃん大丈夫か」


 どこか心配するような歳をおいた少し掠れた声をしていた。

 俺はその声に軽く会釈をして進む。ここで辞めたらアイツに写真を送れない。それが俺の頭の中でいっぱいになっていた。


 そして、いわゆる中腹と言われるところだろうか?

 その山の写真にどこか似てる光景が映し出される。いわゆる写真スポットと言うところなのだろう。上から景色を一望できるような光景が広がっていた。

 俺はスマホを取り出し写真を撮ろうとした。ただ、スマホは疲れていたのかうまく手に持てず、そのまま転がっていってしまった。


 俺はその光景をどこか朧げに見つめていた。

 スマホの動きが止まり写真を撮るためにスマホを拾いに向かった。

 スマホは崖というほど急では無いが崖に近い坂にあった。少しズレていたら、そのまま滑り落ちて無くしそうな場所にギリギリとどまっていた。

 俺はそれを微塵も恐れる様子もなくスマホを手に取ろうと近づいた。その瞬間


 ズルッ


 言葉にして表現するなら、こんな感じだろうか。

 落ちないよう、ギリギリに足を出し体重を前に思いっきり預けたのがいけなかったのだろう。泥で踏み締めた靴が滑りスマホを掴んだ瞬間に俺はそのまま正面下り坂の方へ滑り落ちてしまう。

 ただ、俺はその瞬間、死にたくない。生きたいと言った感情ではなく。これで終われると言った一種の諦めとどこか彼女に会えるかもしれないといった嬉しさと言う歪み捻くれた感情が俺の中から溢れ出てきた。

 それから俺は頭から滑り落ちて行き意識はいつの間にか無くなっていた。

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