山から落ちたら死んだはずの後輩と出会う話

砂糖水

1話

「先輩、わたしが先輩を幸せにしてあげます」


 どこか自分の人生に諦めを抱いていた俺に向かって彼女はそう言った。

 ただ、そう言った彼女はもうどこにもいない。




 昔の俺はかなり捻くれていたと思う。今もさほど変わらないだろうけど、彼女と出会ったお陰で少しマシになった。歪んだ食生活も狂った体内時計も恐らく後輩の女子にすら負ける運動能力、挙句には考え方も変えられただろう。


 そんな俺を変えてくれた彼女はもういないのだ。それを思い出すたびに胸が締め付けられそうになる程に苦しくて悲しくて、彼女が生きていた頃は彼女の存在が、それほど重要だとは思いもよらなかった。一人が平気だった俺が孤独が嫌になるとは思わなかった。


 彼女が亡くなったと聞かされた時は「アイツが?」って思った。

 だってアイツはいつも元気いっぱいで俺の周りを鬱陶しいくらいに歩き回ったり俺を無理やり連れていって山に登るような元気な奴だったから、ただ動かなくなった彼女を見た時に涙が出て彼女が死んだと言う事実が胸に刺さり、その場で座り込んだ。


 そんな俺を見て彼女の両親は「いつもあなたのことを話していたのよ。今日が先輩がああだったとか優しかったとか面白かったとか」それを聞いて俺の涙は止まるどころか嗚咽を漏らした高校三年生の大の男が出したとは思えない嗚咽が部屋中に鳴り響いて俺の耳にも聞こえて恥ずかしくなって止めようとしたけど止まらない。


 それどころかアイツの母親に背中を赤ん坊をあやすようにさすられた。それでひとしきりに泣いたあとに母親は俺に渡してくれた。それはアイツが俺の誕生日にあげようとしたのか、俺の趣味とは真逆のストラップ。それを貰った俺はまた泣いた。


 事故だと聞かされた。子供が轢かれそうになったところを助けたと聞かされた。

 それを聞いた俺は笑ってつくづくアイツらしいと思った。だってアイツは道端にいた猫に家からわざわざ持ってきた餌まであげるようなお人好しだから、そんな彼女に俺は「聖女かよ」と言えばアイツは当然のように言うのだ「先輩がいるからですよ。先輩に優しい美少女だなって思って貰いたいからです」そう冗談を言うように言ったのだ。

 それを聞いた俺は何も言わなかった皮肉として言ったからだ。当時の俺はアイツのことを鬱陶うっとうしいと思っていたからだ。


 ただ、今思えばアイツのおかげで退屈とは無縁の生活をしてた彼女と沢山出かけたし沢山話した。

 そのせいか彼女の存在は俺が思うほど大きくなっていた。今思えば、いつも一人な俺に四六時中構っていてアイツの中はまだしも俺の学校生活は昔のような自分中心の生活というよりはアイツが中心の生活だったから当然なのかもしれない。


 アイツは休み時間になる度に俺を呼びに現れては俺はクラスメイトにからかわれる始末、無視をしても、どこか陽気なクラスメイトに引っ張られアイツの元に連れてかれ。隠れようものなら何故か彼女の友達と俺のクラスメイトまで俺を探しにくる。ただいつも一番に見つけるのは憎たらしいことにアイツだった。そして、アイツはいつもこう言うのだ「やっぱりここでしたか、先輩は分かりやすいですね」


 アイツとはクラス全体から公認カップルのように扱われた。でもそのせいか俺はひとりぼっちの時間も少なくなった。クラスメイトにアイツのことを聞かれることがあるからだ。アイツは学年外で人気だった。考えれば考えるほど俺の中でアイツの存在は大きかった。アイツがいない今の俺の胸は空っぽであり今にも死にそうであり、それもいいなとも思っている。ただ、アイツから貰ったストラップがそれを遮っているようだった。


 俺は学校も行かずに何をやってるのかとそのストラップを見て思うアイツが生きていたならなんて言っただろう。それは分からないアイツがいたから学校に来ていたし学校には元々行っていたから、俺が休んでから何日経過したのかも分からない。

 アイツに会いたい。そう思う。


 スマホを開いてアイツのメッセージ欄へと向かう。

 そこには俺とアイツとの何気ない......俺の塩対応が多いメッセージが出てくる。そこには『先輩は好きな動物いますか?』の質問に特に好きでもない『クマ』とだけ返信していた。それでアイツは俺にこのストラップを送ってきたのかと気づく。


 それから、俺はスクロールしてメッセージを遡る。

 そこでふと気になるメッセージが目に止まる。『先輩!夏休み【山名】登りましょう』と言う夏休みについて話している会話が見える『やだ』ただそれにも俺は無愛想に返していた。

 そんな文を眺めていると俺は彼女が登りたいと言っていた山に登ろうかと思い始めていた。


 彼女の言っている山は彼女が一番登ってみたい山であり景色が綺麗らしい。それで登った山の写真をメッセージに送ろうかと思った。もしかしたら彼女からメッセージが来るかもしれないそうどこか映画や小説のようなことを思ったからだ。それに断ってはいるが彼女の誘いイコール絶対だった。2年生の夏休み俺は無理矢理、山に登らされた。しかも母親までもグルだった。冬休みにはクリスマスツリーが見たいと家に押しかけられ電車で都会のクリスマスツリーまで連れてかれた。

 もしかしたら今回も連れて行かれるのだから自分から行くのも変わらないだろう。

 俺はそう思い、その山の場所を調べた。




 

 

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