母親がウザいお年頃

「ああ、それなら既に知ってるけど?」

 受験の合格発表の掲示板を見に行くときの数千倍の勇気を振り絞って、生徒会選挙に出る旨を告げた私は、たっぷり十秒の間は何を言われたのかもわからず、茫然と立ち尽くしていた。

「……えっと。じゃあ、合宿のことは」

「それもバッチリ聞いてるよ。山口先生から、本人は知られたくないかもしれないし、何も聞いていないふりをしてほしいって言われてて。私もそれには同意するから、黙ってたんだけど」

 再度フリーズする私を他所に、お母さんは平然とした顔つきで麦茶を飲んで、続ける。

「でも、そっかぁ。合宿かぁ。例の、ええと、羽賀ちゃんだっけ? あの子とは随分仲良くやってるみたいじゃない。あ、てか私、地味に羽賀ちゃんの顔知らないわ。ねね、写真、写真見せてよ。プリとかないの? プリとか?」

「……今どきプリクラなんて撮るわけ無いでしょ」

「え、そうなの⁉ じゃ、じゃあ自撮り! 自撮り写真の一つや二つくらい、あるでしょ⁉」

「ないよ」年頃の女子なら全員が全員、自撮りする習慣があるとか思うな。「ていうか、別にお母さんが羽賀の顔知ってる必要とかないでしょ」

「なくないわよ……! 可愛い可愛い愛娘がお世話になってるんだもの。気になるに決まってるじゃない。ねね、どういうタイプなの? 可愛い系? 格好いい系? それとも美人系?」

「ああもう、しつこいなぁ。なんだっていいでしょ、別に」

 捨て台詞を口にして、乱暴な足取りで自室へと逃げ帰る。後ろ手に扉を閉めるや否や、ベッドに勢いよくダイブして、枕の中に顔を埋めた。重苦しいため息をどっぷりと吐き出した。

 ……本っ当。ああいう何気ないからかいの言葉が、微妙繊細な思春期のハートをどれほど痛めつけるのか、あの人にはわかってないんだろうか。

 だけど、まあ。嬉しかったというか、……安心したのかな。お母さんも。

 私が不登校になったときも、両親は取り立てて口出ししてくることはなかった。学校に行けとも、通えないのなら通信制に切り替えろとも言わず、休みたいだけ休めばいいと私の好きにさせてくれていた。そういう威圧感のない態度が、私を精神的に楽にしてくれたのは、確かだ。

 だけどまた、そういう優しすぎる対応が却って重荷に感じられることもあった。気を使わせてしまっているなとか、本当は学校に行ってほしいと思ってるんじゃないかな、とか。あるのかもわからない言葉や表情の裏を猜疑して、色々と気に病んでしまうことも多くて。

 だから、まあ。安心させてあげられたという意味では悪くないことなのかな、とも思う。

「あ、そうだ夢。服とか下着とか必要ならお金だすから言って――って、あら?」

「ち、ちょっと! ノックしないで入ってこないで――あっ、だ、駄目! それ見ないでっ!」

「なんだ、もう買ってるんじゃない。へぇ、しかも結構可愛いじゃない。パジャマまで買ってるし。夢ったら気合充分ねぇ。羽賀ちゃんとのお泊り、そんなに楽しみにしてるんだぁ」

「っ、うっさい出てけぇ……っ!」

 枕ぶん投げた。ぶへぇ、と呻くお母さん。顔面にクリティカルヒット。そのくせして、うきゃきゃと狂ったみたいにゲラゲラ笑ってやがる。うざい。マジでうざい。

 どうにか室外追放の刑執行に成功し、「次勝手に入ったら本当にキレるから!」と吐き捨てて、乱暴に扉を閉めた。カタパルトで射出されたみたいな勢いで、再度ベッドにダイブする。

「うぁぁぁ、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいぃ……っ!」

 両手で顔面抑えながらベッドの上でグルグル回る。バタバタ悶える。体力が底をついて意識が自然消失するまで、私は延々と悶えに悶えて悶えまくった。

 翌朝、何気なく体重計に乗ってみたところ、先月比で二キロの減量に成功していた。

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