私、根に持つタイプなので

 テスト期間中は、部活動、委員会活動、選挙活動含むありとあらゆる勉強以外の活動が全面的に禁止され、一週間くらいはひたすら学問に精進せよと強制される。そんなことしたところで、勉強しない人間はテスト前日のギリギリに至るまでやらないものだよなぁ、なんてことを考えながら、私は明日のテストの一夜漬けをコーヒー片手に敢行しているところだった。

 言い訳をさせてもらおう。

 なにも私は日頃の怠惰、怠慢の報いを受けて、前日に徹夜するような醜態を晒しているわけじゃない。単純に、選挙活動で忙しかったのだ。時間もそうだし、それ以上に精神力を持っていかれた。人間、活動を起こすために必要なエネルギーには限りがある。たとえ時間があろうとも、活力や精神力のほうが燃料切れを起こしていては、物事を始める気になれないのは当然だ。これはエネルギー保存則に従ったこの世の真理、必然なのであって、なんか最近色々あって疲れたなー面倒でやる気起きないなー、とか考えた結果では断じてないのだと結論付けたところでようやく、手が完全に止まっているのに気が付いた。慌てて問題を解く作業に戻る。

 そんなこんなでテスト直前の悪あがきをしていた私だけれど、流石にゼロ時間睡眠で望むのはコンディション的によろしくないから、四時前に眠りについた。いつも通りの時間に起きて、私費で購入した店長のオリジナルブレンドのコーヒーを二杯飲んでから、制服を着て家を出た。

 別室でテストを受けていた私は、三教科目の終了のアラームが鳴ると同時にペンを置き、教卓に入っていた白紙のプリントで折り紙を折って暇を潰していた試験監督の山口先生に、答案用紙を差し出した。差し出したというか突きつけた。

「顔面に紙飛行機が特攻してきたときは、流石にブチ切れようかと思いました」

「ち、違うの! 聞いて青井、あれは事故なの! 机の端に置いておいたら、ちょっと手のひらが当たっちゃって、落ちたそれがいい感じに滑空していい感じにヘッドショットする軌道に乗っちゃっただけであって、誓ってわざじゃなくってね……!」

「もう何でも良いですから、大人しく答案受け取って下さい」

 嘆息混じりに答案を教卓に置き、席へと戻る。消しカスをゴミ箱に捨てたり、問題用紙を仕舞ったりして、淡々と帰り支度を整える。

「よし、オッケー。全部名前は書いてあるね。じゃ、答案は私から先生に渡しておくから。三日間のテストお疲れ様、青井。大変だったでしょ」

 先程の取り乱しようが嘘だったかのように、否、嘘にするかのように、教師じみた台詞を飄然と発して見せる山口先生。呆れながらも「まあ」と曖昧な返事をし、私は小さく頷いた。

 こうして顔を合わせるのも久しぶり、というわけでもなかった。テスト期間に入ってから、部活で残っている生徒がいないのを言いことに溜まっていた実験を消化したりしていたし、一昨日のテスト日にも監督を引き受けてくれていた。割りと顔を合わす場面はあった。とはいえそれ以前、つまり選挙活動中は顔を合わせて話をする機会が減っていたのは事実なのだけど。

「さて。期末テストも終わったところで、青井にお伝えしなきゃいけないことがあります。グッドニュースとバッドニュース、どっちを先に聞きたい?」

「……じゃあ、悪いニュースで」

「オッケー、グッドニュースからね」

「選択権がないなら初めから聞かないでください」

「おめでとう、青井。選挙活動の精力的な実施を鑑みて、今年度も出席扱いにしてくれるって、さっき校長から直々に宣言されました。それから成績についても、出席点の割合を見直すようにと指示がありました。今学期の成績は、いつもよりマシなものがもらえるんじゃないかな」

 先生が私のツッコミをガン無視する。でも話の内容が内容なので、更なる苦言を呈する気にもなれない。しばし言葉を失ってから、ありがとうございます、と頭を下げる。

 この人の、ふざけてると思わせていきなりシリアスな話をふってくるところ、苦手だ。いつも心の切り替えが追いつかなくて、数瞬フリーズしてしまうから。……嫌いでは、ないけれど。

「私にお礼を言われても困るよ。私はただ、校長に判断を一考するよう進言しただけだもん。一考の結果を前言の撤回にまで持っていったのは、他ならぬ青井でよ。感謝するなら、頑張った自分に対して感謝しなさい」

 トントンと教卓から降りてきて、山口先生が私の隣の席に腰をおろした。椅子に対して横向きに腰掛けていて、机を肘掛け代わりにし、背もたれに左肘を置いて頬杖をついている。

「あと、これは私からのお礼なんだけど。今年の一年の化学基礎の平均が、去年より八点も上がりました。これに関しては本っ当に頭上がんない! 補修や追試の手間が省けるよ……!」

 だらけた態度から一転。眼前でパン! と勢いよく両手を合わせ、頭を下げてくる山口先生。「なら良かったです」と返した声が、少し無愛想になってしまった。こういう反応をしてしまう度、自分がひどく子供じみた、自意識過剰な振る舞いをしているように思えて、少しだけ嫌になる。相手のことも自分のことも変に意識することなしに、サラリと返したいんだけど。

「あと、一年の数学担当の先生もお礼言ってた。本当、解説動画なんて羽賀も上手い手を考えるよね。一年は大助かりだし、テストの平均上がるとなれば教師陣からの印象は否応なしに好転するし。個人じゃなくて全体に向けた公開だから、規約にも引っかからないし」

「ああ。解説動画は蓮が考えたわけじゃありませんよ。私の案です」

「あれ、そうだったの?」素で驚いたらしい山口先生が、大きく目を見張った。

「はい。一年の子から、上級生と交友関係がなくて過去問が貰えないって、相談されたから。まあ、撮影とか編集とかやってくれたのはあっちだし、殆ど蓮のおかげではあるんですけど」

「……ふぅん、なるほどねぇ」不自然に間延びした返答をして、ニマニマと口元を緩める先生。

「なんですか、その顔」私がギロリと睨み返すと、「なんでもないよ」とだけ言って、立ち上がる。ヨレヨレの白衣の裾が、鼻先を掠める。有機溶剤か何かの甘い芳香が、ふわりと匂う。

「じゃ、私はこれで失敬するね。青井も今や立派な有名人なんだから、他の生徒に捕まる前にさっさと家に帰りなよ」

「あ、ちょっと待って下さい。悪いニュースの方、まだ教えてもらってないんですけど」

「そんなもの、最初からないよ。ただ単に、あのフレーズ使ってみたかっただけだから。それじゃ、選挙頑張ってね、青井。当選したら、何か甘いものでも奢ってよ」

 引き戸をスライドさせながら振り向きざまにそう言うと、先生は教室から出ていった。

 私はしばし呆然としていたが、あのときのことを思い出して忌々しげに呟いた。

「……ホワイトデー踏み倒したくせに、どの口で言ってんだ」

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