ノリと勢いで行動するとろくな目に合わない2

 一階に子機を戻しに行く。長かったじゃんとお母さんに訝しまれたので、雑談が弾んじゃってと言い訳をしておいた。お母さんはふぅん、といったきり、追求してくることはなかった。

 部屋に戻って、再度ベッドの上に腰を下ろした。さて、この後はどうしよう。ベッドの上でうーうー唸るだけの無為な時間の使い方に戻るのは、流石に抵抗があるけれど。

「って、そうだ。説明会のこと、蓮に伝えなきゃ」

 定位置で充電ケーブルに繋がっているスマホを取って、メッセージアプリを立ち上げる。蓮とのトーク画面を開く。昨日の帰りがけ交換したあと、確認で「あ」「あ」と送りあった時点で、やり取りは止まっていた。

 キーボードの上に浮かせた親指を泳がせながら、さてなんと伝えよう、と思案する。

 唐突に手のひらでスマホが震えた。びっくりして落としそうになった。

 画面を確認すると、相手は蓮だ。丁度いいといえば丁度いいけど、少しだけ緊張する。先生相手には何度もやっているから慣れているけど、蓮と電話越しに話すのは初めてだし。電話特有の間の掴み方とか、こっちの要件をどんな流れで伝えようかとか。

 が、通話開始から一秒で、少なくとも後者についての心配は杞憂であることが判明した。

「夢先輩、月曜にある説明会についてなんですけど」

「あ、あれ。説明会のこと、知ってるの?」

「ええ、それは勿論。掲示板の立候補者募集の張り紙に、書いてありましたから」

「あ、そう……」今さっき知ったばかりだ、というのは黙っておこう。

「張り紙には立候補希望者は全員参加、って嗅いてあったじゃないですか。どうします?」

「それなら、さっき管理委員顧問の山口先生と話したんだけど、欠席したり代理を立てたりしても大丈夫だって言ってたよ」

「あれ。わざわざ電話して訊いてくれたんですか。ありがとうございます、気が効きますね」

「……うん、まあね」あっちが自発的に教えてくれたんだけどね、というのも黙っておこう。

「なら、私が代理で出席しようと思います。それで、ここからは私の提案なんですけど、よかったら先輩も、画面越しに参加してくれませんか? PCから通話繋ぐので」

 思ってもみなかった提案に、面食らう。でも、オンラインか。その発想はなかった。確かにそれなら、蓮だけでなく私自身も管理委員の説明を聞くことが可能になる。月曜はシフトに入ってないから、時間的にも不可能ではない。

 断る理由は、特に見つからなかった。まあいいけど、と肯定の言葉を返す。

「ありがとうございます。じゃあ、今からテストしてみませんか? 私のPCから先輩のPCに繋ぐので。使い方とか、確認しておきたくて」

「別にいいよ。PC起動してくるから、ちょっと待ってて」

 スマホを耳に当てたまま、デスクの前に移動する。ノートPCの画面を開き、ミーティング用のソフトを立ち上げる。コロナ禍をきっかけに爆発的にシェアを伸ばした、あれである。

 接続した瞬間、画面いっぱいに蓮の姿が描像される。バーチャル背景とかも設定していないようで、部屋の後ろ側が丸見えになっていた。

 ……なんとなく想像はしてたけど、汚いな、こいつの部屋。

 人の私生活に難癖つけるのも何だから、触れないでおくことにするけれど。

「そっちからは見えてます?」

「うん、見えてる。解像度とかも問題ないかな。……それはそれとして、なんで制服着てるの?」

 自宅にいるのにもかかわらず、画面の向こう側の蓮はセーラー服を着用していた。家の中でも制服で過ごすほどのセーラー服好きってわけでもないだろうし。

 痛いところを突かれた、といった顔になる蓮。少々取り乱しながら弁明をし始める。

「だって、先輩とは制服でしか会ってないじゃないですか。だから、なんか恥ずかしくって」

 少し意外な発言だった。気の強い部分ばかりに目が行くけれど、一般的な思春期の女子らしい感性も持ち合わせてはいるらしい。微笑ましいものを見た気持ちになって、苦笑が漏れる。

「別に、気にしなくてもいいのに。私だって、普段から大層な格好はしてないんだし」

「でも先輩、スタイルいいじゃないですか。背高いし、足細いし。細身のパンツにTシャツみたいなシンプルな装いでも、割りと様になってるっていうか」

 羨ましいです、と画面越しにこちらを注視してくる蓮。

 今度は私が口ごもる番だった。蓮のフォローをするつもりが、逆に褒め返されてしまうとは。

「い、いや、そんなこと……。まあ、その、……ありがと」

 ……めちゃくちゃ恥ずかしいな、これ。しかも言われた相手は蓮だ。思ってもないことを口にするタイプではないとわかってるから、余計にこっ恥ずかしい。

 顔は絶対蓮のほうがいいんだけどな、と画面を見ながら考える。流石に声には出せないけど。

「ところで、こっちからは先輩の映像が見えてないんですけど」

「あ、ごめん。今、部屋着だから」

「む。駄目ですよ。先輩側からの映像も確認しなきゃ、テストにならないじゃないですか」

「……え、待って。まさか蓮、私に顔出しした状態で参加させようとしてる?」

「ええ、勿論。私のPC、インカメラしかついてませんから、どっちにせよ画面を向けることになりますし。だったら、先輩の顔が映るようにしたほうがいいかなって」

「で、でも、説明会ってただ話を聞くだけでしょ? わざわざ顔出しする必要とかある?」

「ありますよ。そっちのほうが存在感出ますから。管理委員にも投票権はあるんです。なら、少しでも彼らの印象に残るような形で出席するのが得策だと思います」

 蓮の言うことは尤もといえば尤もだった。だけど私には、昨日のように何らかの用事で登校せざるを得ない機会というものがある。むやみやたらと顔を晒して、そういうときに生徒からの視線が集まるようなことになるのは正直、嫌だ。

 だけど選挙活動をするということは、否応なしに人の目に晒されるということを意味する。じゃなきゃ活動をする意味がない。他の生徒に私のことを知ってもらって、政策に共鳴してもらって、それでようやく目的が果たされるわけだから。

 考えれば考えるほど、気が重くなってきた。やっぱり出たくないな、という気持ちが夏の入道雲みたいにむくむくと膨れ上がっていく。選挙なんか出なくても、素直に通信制に変えちゃったほうが楽じゃないのかな、と。後ろ向きな考えばかりが頭の中を埋めていく。

 長々と続く沈黙から心境を察したのか、わかりました、と蓮が妥協の姿勢を示した。

「先輩がどうしても嫌だというのなら、説明会ではカメラもマイクもオフにしてくれてもいいです。色々と、個人的な事情もあるでしょうから。だけど先輩には、主にオンラインで選挙活動をやってもらおうと考えてます。今後、カメラをオンにする機会は多くあるということは理解しておいて下さい。先輩は言いましたよね? やるからには勝たせろって。ええ、勝たせますよ。でもそれは、先輩が私の方針に従ってくれることが大前提です。そこはわかって下さい」

 ……だから、勝たせるってどうやってだよ。勝てるわけ無いじゃん。冷静に考えて。

 心の中で愚痴を吐きつつ、言葉の上ではわかったよと肯定の意を示した。

 鏡を見なくともわかる。今の私の表情は、明らかに不満げなものだろう。こういうことがあるからこそ、顔を晒してのやり取りを求められるんだろうな、と思った。

 その後、蓮の指示に応じてお互いの接続環境にこれといった問題がないのを確認した。それが済むと、互いに言葉少なになって、お開きにする流れになった。

「じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか。付き合っていただいてありがとうございました。月曜日は、忘れずに予定を開けておくようにしてくださいね」

「うん、わかってる。……あのさ、蓮」

「はい、なんですか?」

 マウスを操作していた右手を止めて、再度画面に目を向ける蓮。私は逆に、液晶の外側へと目線を向ける。えっと、その、とどもった後に、どうにか意味のある言葉を押し出す。

「ごめんね、手間かけさせちゃって。説明会、本当は私が出なきゃなのに」

「構いませんよ。そのくらいの雑務は承知の上ですから。それじゃ、失礼しますね」

 爽やかにそう言って、ミーティングを終了させる蓮。あちら側との接続が切れ、何の面白みもないホーム画面が表示される。

 PCを奥へ通しやって、机の上に突っ伏した。立候補の件、もう一度考え直さない? そう言いたかった。でも、言えなかった。「この意気地なし」と小声で呟く。自分で自分の心を引っ掻いて、少しでも後悔の念を緩和させようと試みる。だけどそんな自傷行為で、目の前に横たわった問題が解決するわけもない。そのくらい、わかってはいる。わかってはいるけれど、自己嫌悪の海に沈むのをやめられない。話していた相手が蓮ともなると、尚更だった。

 ……本当に。蓮はどうしてあんなに物怖じしないで、思ってることがはっきり口に出せるんだろう。他人の反発も意に介さずに、自分の意志を貫いて。

「本当、どこをどう見たらあいつより私の方がコミュ力あるってことになるんだ……」

 山口先生の人を見る目も存外当てにならないな、と。内心で、力なく文句を言った。

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