第6話 焼き芋と彼女

焼き芋というものは俺たち人類を簡単に幸せにしてくれる人類の発明であると常々私は思っているのだがどうだろうか。どう言おうが構わない、異論は認めない。しかし焼き芋の欠点として一つ一つの大きさに個体差があり、絶妙に物足りなかったり食べきれなかったりするところである。しかしどうだろうか、自分一人で食べているのではない場合、その問題はいとも簡単に解決してしまう。分け与えてしまえばいいのである。なんてことを真剣に考えていると椿さんがスーパーの前に設けられていた焼き芋コーナーのほくほくに蒸された焼き芋を両手で抱えて戻ってきた。俺の記憶では焼き芋を両手で抱えるほどかったことがないのだが女性は焼き芋が好きだとよく耳にしたことがある。彼女らにとってはこれが普通なのかもしれない。


「すごいね、そんなに食べ切れるの」

「いいえ、あなたの分と私の分よ」

「それにしても随分大きな袋を抱えているように見えるんだけど」

「なんか、おじさんがひとつ小さいのをおまけしてくれたの、可愛い嬢ちゃんだからって」

「あぁ、そうなんだ」


知らなかった。焼き芋界にはそんなルールがあったのか。いやきっと、俺が今まで出会ってきた焼き芋を売っているおっちゃんたちに俺は可愛いとは思われてこなかったのであろう。いつか出会えるかもしれない、俺を可愛いと思ってくれる焼き芋売りのおっちゃんに。その時まで、楽しみはとっておくことにしよう。


「はい、熱いかもしれないから気をつけて」


椿さんは未だほくほくの焼き芋をひとつ包みに入れたまま渡してくれる。


「熱いかもって・・・これ絶対熱いでしょ。これで熱くなかったら異常現象だよね」

「確かに、そうかもね」


うっすらと椿さんが笑ったように見えた。こうしてみると普通の女子高生にしか見えない。いや、こうしてみなくても椿さんは普通の女子高生なのだ。今この瞬間、焼き芋に心の底からときめいている素敵な女子高生なのだ。これがどうして自分の親族に言いたいことも言えないなんてバツの悪い思いをしないといけないのだろう。


「ねえ、椿さん」

「何?」


ほくほくの湯気がゆらゆらと規則的に揺られながら沸き立っている焼き芋をもつ椿さんの姿をみて、何を聞こうとしていたか一瞬のうちに心のどこかに溶かしてしまった。本当に普通の女の子なのだ、彼女は


「これってなんていう品種だっけ?」

「紅あずまよ」

「紅あずま・・・へえ、そっか」

「私が一番好きな焼き芋なんだ、まあ、紅あずましか食べたことないんだけどね」


目を細めていたずらっぽく笑う彼女はこの風景に完全に溶け込んでいる。日が沈み始めた放課後の商店街、ポツポツと街灯の火が灯り始め、人の往来も盛んになってきている。そんな中に制服姿の彼女は見事に溶け込んでいる。月並みな言葉だがことばだが絵になっていると言える。お世辞でもなんでもなく、素直に心からそう思った。


「椿さんって、普通の女の子なんだね」

「え〜、何言ってんの?当たり前じゃん」

「そう、だよね、当たり前だよね」


その後、丁寧に包み紙を解いて待ちに待った紅あずまと対面した椿さんが目を輝かせていたことは言うまでもない。俺は役割上、こういうことには慣れているが、ここまで自然に生きているをみたのは久しぶりかもしれない。それに大抵、こういう人は人一倍、考えていることが多かったりするのである。無遠慮に彼女の心をのぞかせてもたらったわけだが、彼女の本当の思いはどこか別のところにあるのかもしれない、と思い始めていた。


「高橋くん、全然食べてないじゃん、てか包すら開けてないし、私がやってあげようか?ついでに一口食べてあげようか?」

「っふ、それって絶対自分で食べたいだけじゃん」

「そういうことはわかっても言わないのが礼儀ってもんよ」

「困った人だね、全く」

「へへ〜ん」


やはり、その人を知るには二人で同じ時間を共有するのが一番手っ取り早くて確実だ。屈託のない笑顔を俺に向ける彼女をみながらそう再認識した、と同時に彼女の真の思いを知りたくなった、と同時に俺の紅あずまが奪われた・・・ことは今は置いておくことにしよう。


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