第5話 俺と彼女

翌日、俺は放課後になる前に自分の高校を抜け出して椿さんが通う高校に向かった。どうやって抜け出したかということは詳しくは言えないが、まあ飯沼が上手くやってくれてるだろう。


椿さんが通う高校は俺たちが通う高校の隣の高校でそう遠くはない。歩いて20分ほどで着くが、最後の授業を抜け出していたためまだ周囲は閑散としている。暇を持て余しているため周辺をふらつく。椿さんが通う高校を眺めながら歩いていて感じたことは俺たちが通う高校よりはるかに校舎が綺麗だということだ。校舎が綺麗というだけで在籍している生徒も自然と気品あふれる上品な人間ばかりなのではないかと想ってしまう。


気がつけばプールが見える場所まで来ていた。俺たちの通う高校にはプールがないため少し珍しく感じ、背伸びして見てみるが流石にこの季節のプールに張っている水はまさに池そのものだ。小学生の理科の実験で使えそうなくらい理想的な池に見える。プールのフェンスを覗ける場所からぼーっと眺めていると隅の方で制服を着崩して煙を蒸している生徒が3人ほど見える。どこの高校にもこういう輩はいるものだ。校舎が綺麗だとか、そういうことは関係ないのかもしれない。先ほど抱いた感情は心のどこかに葬り去った。


そうかと思えば輩たちがそそくさと蒸した煙を消して靴で踏み潰し、足早に後者の方へと戻っていった。俺は輩は嫌いじゃないがコソコソしているやつはあまり得意ではない。何をするにも堂々としている方がかえっていいことがあるような気がするのだ。仮に悪事を働いていたとしても堂々としていればうまく掻い潜ることができるかもしれない。俺は小学生の頃の忘れ難い記憶を少しだけ想起していた。


その直後、授業の終了を知らせるチャイムが高校周辺に鳴り響いた。俺は堂々と校門の方へ戻った。


他校の女子を待ち構えて告白する男子高校生はこんな気分なのだろうかと、校門の前で行ったり来たり、右往左往していた。不思議なもので、自分が高橋という人間であるにも関わらず緊張はしてしまう。飯沼と違って俺は嘘をつく、もとい演技をするのが得意ではない。自分を偽って見せることはあってもそのクオリティに関してはそれほど期待できるものではないのだ。それでも俺がわざわざ彼女の高校まで足を運んだのはこれが俺のやり方だからである。彼女が抱えている問題と向き合うにはまず彼女と向き合う必要がある。それをするにはあれこれと言葉を並べるよりまず彼女と親交したほうがいい、というのがシンプルかつ純粋な俺の考えなのだ。そこから先はどうなるかわからないが高橋という人間であるからか、根拠のない自信が私にはあった。それを原動力にするかのような行動できてしまうのだから文句はない。


彼女、椿さんが現れたのは校門で右往左往し始めて15分ほど経った頃だった。制服の上にコートを着て緑色のマフラーをしている彼女は前回見た時よりも少しだけ大人びて見えた。


俺は意を決して彼女に近づいた。


「椿さん」


彼女は昨日と変わらない雰囲気で俺に振り向き


「あぁ、確か・・・高橋さん」


と、聞こえるか聞こえないかの声量でつぶやいた。


「どうも」

「どうしたんですか、こんなところで。ていうか、高橋さん、学校違いますよね」

「えぇ、だから待ってたんだ」

「どうしてですか?」

「椿さんと話したくて」


これだけ聞くとストーカーでもしているのかと疑われそうだがこういうことはストレートにいうことにしている。あれこれと言葉を並べてもかえって怪しまれることは間違いない。それに彼女にはこういう接し方でも大丈夫だと、自分の直感が、というより昨日話した時に悟っていた。俺の対話のデメリットは相手の心の底を覗くことはできても仲良くなれるわけではないということだ。占い師や問診している医者のようなものだろうか。だが俺は処方箋が出せるわけでも特効薬を作れるわけでもない。ただ、自分にできると思ったことをしているだけに過ぎない。


「話したい?私と?」

「うん、昨晩話したことがどうしても気になって」

「気になる?」


結局昨晩は椿さんに事実確認はしたがどうして欲しいだとかどうしたいのだとか、具体的な話はしていなかった。というよりしない方がいいと思った。


「高橋さんが気にすることはないでしょ、これは私の問題」

「でも、依頼したのはあなただよ。それは間違いない」

「それは」

「本当は自分の気持ちにも気づいているんだろ?それでも、祖父母に迷惑をかけたくなくて、とか他人の気持ちを優先している」


椿さんは何も言わない。


「何も言わないってことは肯定ってことでいいかな。わかるよ、優しい人間ならきっとそうする思う。でもそれは自分の気持ちを殺してまですることではない」

「あなたにっ」

「何がわかるのかって?確かに俺はまだ椿さんを知らない。でも知らないからって放っておいていい理由にはならない。知らないからこそ手を差し伸べるんじゃないかな」


椿さんは俺に背を向け歩き出した。


「とりあえず、焼き芋食べたい」


どこにでもいる女の子の願望を真正面から受けて少し安心した。


「そうこなくっちゃ」


俺は椿さんの横に並んで歩き出した。








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