第32話
「
「そのようなこと、わしに聞いても分からぬこと。己でそれに気付かねば……。銀が気になるか?」
「……」
「わしは先に戻っておる」
そう言い残して幻海は屋敷へ入った。辺りを静けさだけが包んでいる。ここでつい先ほどまで死闘が繰り広げられていたとは信じられないほど。
「終わったのですね」
鈴はやっと安堵していた。
鈴が感慨にふけっている間に、銀は沢へ向かっていた。月の照らす地には、鬼の血が残されている。それは土に吸い込まれず、とどまり、草と土を濡らして妖しく光を返していた。
鈴はしばらくそれを見つめると、銀を追うように沢へと向かった。銀は着物を洗い、木の枝にかけているところだった。
鈴は声をかけてよいものかと迷った。しかし、黙って近づくのはかえって不自然、と声をかけた。
「傷はもうよいのですか?」
「見ての通りだ」
と、銀は鈴の方に顔を向けて返してきた。月明かりがあるとはいえ、真夜中だから、近くへ寄らなければ傷の具合など分からない。まだ、血を洗い流してもいないのだから。
「見ての通りと言われても……」
鈴はそう言いながらも、銀に近寄ることが出来なかった。蒼子とのことを考えると、鈴の中では罪の意識が渦を巻いている。
「鈴、こっちへおいで。お前の着物も洗ってやろう」
鈴はその言葉に従い、着物を脱ぎながら銀に近付いた。銀はそれを受け取ると、沢の水で洗った。
「お前の身体も我が洗ってやろう」
銀は鈴を抱き上げると、沢の深みまで行く。深さは銀の腰辺りまである。春の夜の水は冷たすぎる。
「冷たいわ」
「我慢をしな」
そう言って、鈴の肩からゆっくりと洗い始めた。その手は次第に下方へと進み、鈴は微かに喘ぐ。そして、鈴の熱い内部にまで入り込み、穢れを洗い流そうとしている。
自分の中を弄るもので、鈴はもうとろけてしまいそうになった。気もそぞろの鈴を、銀は自分の腰に乗せた。突き上げるものが鈴の戸惑いを消してゆく。
長い時間、二人だけの秘め事は続いた。朝の陽が昇ろうとするころ、着物を着て二人は屋敷へ戻った。
屋敷には幻海の姿はない。書き付けも残さず、どこかへ行っていた。二人は座敷に上がり、身体をそこへ横たえた。鈴の疲労は身体の隅々まで広がり、鉛のように重たかった。銀もまた同じようで、すでに寝息が聞こえてくる。
蒼子との戦いは、誰の命も奪われることがなく済んだ。そして、仙人の山には、暖かい陽光が射し、やわらかな風が吹き渡る。
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