第31話

 りんは鬼の生命力と残酷さを、まざまざと見せつけられた。そして人とは違う『愛の形』を。


 二人の身体は血にまみれ、身体を寄せ合うとその血が混じり合う。このまま二人はどうなるのだろう? 死んでしまうのか。

「もうやめて!」

 鈴は二人に走り寄った。甘い吐息が漏れている。蒼子そうしは銀の身体に手を這わせて、おもむろに肩へ噛みつく。それを鈴は間近で見ている。止めることも出来ずに。

「銀、しっかりして。私を見て」

 銀は虚ろな目で鈴を見た。銀にすがりつく鈴を、蒼子は止めようとはしなかった。蒼子の手が鈴の身体へと伸びる。ゆっくりと引き寄せられ、その腕に抱かれた。血の匂いが鼻をくすぐる。嫌な気はしない。蒼子は銀の肩に噛みついたまま、鈴を自分の腰へと乗せた。下から鈴の身体を貫くものがあった。鈴は声を漏らしそうになるのを堪え、蒼子の身体に抱きついた。

「銀……」

 涙が鈴の頬を伝った。

「鈴……」

 銀の意識が幻惑から戻ったようだ。鈴を抱き上げると蒼子を突き飛ばした。

「もう遅いよ」

 蒼子は笑みを浮かべていた。この勝負に勝ったと言う事なのだろうか?

「殺してやる」

 銀はそう言って、蒼子の肩を鋭利な爪で貫く。

「何をしても無駄。私は死なないよ」

 蒼子の言葉で、銀は狂ったように蒼子に斬りかかる。蒼子は風を使って躱すが、銀に追いつかれ心臓を貫かれる。それでも蒼子は微かに笑っている。

「そのくらいでよいのでは?」

 今まで黙って見ていたりゅうが、二人に歩み寄り、

「鈴と交わった蒼子を、今は殺れぬ。お前も分かっているのだろう?」

 銀はその爪を龍に向けた。

「黙れ。殺すぞ」

「それは私が許さぬ」

 蒼子が銀の首に爪を立てる。

「銀、蒼子はもう戦うつもりはないのよ」

 鈴はこの戦いを止めたかった。しかし、心の中ではもっと血を見たがっている自分に気付いた。自分も血にまみれたい。銀の血を飲みたい。蒼子と同じ快楽を得たい。身体がそれを求めている。

「鈴。お前……」

 銀は鈴の目に何を見たのだろう? 純潔の鬼と交わった鈴に変化があったのか? 鈴自身には分からないことだった。


「用は済んだ」

 龍は蒼子を腕に抱きかかえると、山を下りていった。

「事なきを得たな。蒼子もこれでしばらくは生きながらえよう」

「爺さん、あんた、こうなることを知っていたのか?」

「何のことじゃ?」

「……」

 銀は口を噤む。鈴を守ることが出来なかった。それが悔しかったのか? それとも、鈴が蒼子にしがみついたのを間近で見てしまったからか。

「まあ。とにかくお前は、沢でその血を洗い流してこい。そのままでは座敷に上げるわけにもいかぬ」

 そう言って幻海げんかいは鈴を促し、屋敷へ帰っていく。鈴はまだその場に立ち尽くしている銀を振り返った。彼は何を想ってか、空を見上げていた。鈴も同じように空に目をやる。星も月も何も変わってはいないのに、なんだか違う光を放っているように見えた。

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