第30話

蒼子そうし。お前何を?」

 銀が気付いた時には遅かった。蒼子の腹の傷がふさがっていく。

「何をしたかって? お前の血を貰ったのだよ」

 首筋に噛みついていた蒼子は、こともあろうに銀の血を吸っていたのだった。銀は少しよろめきながら、蒼子を突き放す。

「もっと飲ませてくれてもいいじゃないか。お前の血は美味しい」

 蒼子は口の端から血を滴らせ、それを手の甲で拭った。

「狂気の沙汰だ」

「ふふ。鬼だからな」

 蒼子は銀の血を吸ったことで何を得たのか? 傷の治り方を見ると治癒力が増していることは明らかだ。それだけだろうか? 銀の方が優勢になったように見えたが、これではどうなるのか分からない。

「私を殺せるのか?」

 蒼子は穏やかな顔つきになり、銀に迫り寄る。今度は何を考えているのか? 銀の身体を抱き寄せた。

「死にたいのか?」

「殺せるのか?」

 蒼子は爪を立てるのではなく、その手で銀の頬を撫でる。

「……」

 銀はそれ以上何も言わずに爪を立てた。それは蒼子の喉を貫く。苦しくないのだろうか? 蒼子は声も立てず、離れようともしない。

「なぜ逃げない? 殺されたいのか?」

 銀は蒼子に情けをかけるようにつぶやき、爪を引き抜く。蒼子の身体はその場に崩れ落ちようとしていた。それを銀が抱きとめる。

「どうしたというのだ? お前ともあろう者が」

 銀から受けた蒼子の傷が少しずつ塞がっていく。

「お前に殺されてみたかったのだよ。私をいくつだと思っている? 死んでみたいじゃないか。これだけ生きているのだ。ただその前に私の血を引く者を残したかった。お前の言う愛ってなんだろうね? 私がお前を想うのも愛って言うのかね?」

 蒼子は喉に受けた傷が癒えるのを待たずに喋っている。その声は空気が漏れ、かすれた音を出す笛のよう。それでも何かを懸命に伝えようとしている。

「蒼子……。こんなことでは死なぬのだろう?」

 銀は血にまみれた手で蒼子の頬を撫でる。その手にはもう長い爪はない。

「お前、私に情けをかけるのか?」

 蒼子の爪が銀の腹を貫き、引き抜かれた。

「うっ……」

 銀は微かに呻く。これほどまでに傷つけあっていながら、互いを愛おしむように見つめ合っている。

「痛いか?」

 銀の身体から血が流れ出る。もうどこから血が流れ出ているのかも分からない。

「殺してやる」

 銀は蒼子の首を絞める。

「早く殺して」

 二人の会話は愛の囁きのよう。恍惚とした笑みを浮かべ、蒼子は銀に頬を寄せる。

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