第28話

「来る」

 銀はりんに一言そう言った。幻海げんかいも茶の間に来て三人がひざを突き合わせて座る。蒼子そうしが山に入った。それに幻海と銀も気付き、おもむろに立ち上がる。

「いよいよじゃな」

 幻海が表に出る。鈴と銀もそれに続いた。


 旋風が目の前に現れる。

「待っていたぞ」

 銀が言う。

「待たせてしまったかな? 心は決まったのだろうな。そのむすめを貰いに来たよ」

 蒼子はその冷たい顔に、微かな笑みを浮かばせている。その隣には龍もいた。彼は邪魔にならないように、蒼子より半歩後ろに下がっている。

「お前には渡さぬ」

 銀が言うと、

「やはり断るのだな? お前と殺り合わなければならないようだね。残念だけど」

 蒼子の顔から笑みが消えた。蒼子は長い爪を銀に向け、旋風に乗って襲い掛かる。直立不動の銀に逃げる気はない。白く華奢な蒼子の手首を掴むとそれを後方へと放り投げた。蒼子は突進した勢いで飛ばされ宙を舞う。そこへ疾風が生まれ、蒼子の身体を掬い上げる。この二人の勝負は互角に見えた。銀の動きは早く、力も以前に増して強くなっているのかもしれない。それとも、蒼子の力が衰えたのか?

「銀、お前、そのむすめと交わったな」

「……」

 蒼子の問いに、銀は何も答えない。その代わりに蒼子に飛び掛かる。その手に長く伸びた爪が光った。蒼子は風を使ってそれを躱す。二人はまだ血を流さずにいる。


 この殺し合いを止められればいいのに。しかし、鈴の心の声は届かない。ふたりの爪がぶつかり合う。それは高い音を響かせる。火花が散り、彼らを一瞬照らす。鋭い爪はお互いの着物を裂き、髪を散らした。舞い飛ぶ髪は月明かりにきらりと光る。


 蒼子の爪が銀の頬をかすめた。白い肌に一線の赤い筋ができた。白熱した戦いは、さらに死闘へと向かっている。銀の爪が蒼子を襲う。それは蒼子の肩に深く食い込み、引き抜くとそこから赤いしみが着物に広がる。このとき、蒼子の爪は銀の左の心臓を貫いていた。

「うっ……」

 銀は微かに呻き、蒼子の爪を己の手で引き抜いた。そこからは血飛沫が飛び、蒼子の白い顔に斑点を作った。

「いいねぇ。苦痛に歪むお前の顔。ぞくぞくするよ」

 そう言って、蒼子は爪から滴る血を舌で受け止め、それを飲んだ。

「……」

 銀は胸を押え軽くよろめく。鈴は叫びたかった。しかし、それは彼の気を散らしてしまうだろう。そう思い、鈴は口を押えて耐えた。


 龍も幻海も、一言も声を漏らさず、ただ、事の成りゆくさまをじっと見据えている。

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