第24話
「わしはまだ名乗ってもおらんかったな。改めて、わしの名は
幻海は声を立てて笑った。
「お前を見ておると、若き頃の
「そんなつまらぬ話を聞きに来たのではない。
「そうさな?」
幻海は豊かな顎髭を撫で、考え込んでいる。
「分からないのか?」
「いや。死は見えておる。だが、この
鈴には嫌な話しだった。
「爺さん、我は鈴を奴には渡さぬ」
銀はそう言って、自分にも言い聞かせているようだった。
鈴の助かる方法は二つ。一つは蒼子に死が訪れるまで逃げ続ける。そしてもう一つは、蒼子と一戦交える。どちらも確実に助かるという保証はなかった。
「銀、お前ならどうする? このまま逃げ続けるか、それとも迎え撃つか」
その選択に銀は迷っているようだった。人なら前者を選ぶ。鬼ならば後者を選ぶ。彼にとっては難しい選択だった。
「わたくしは戦う。たとえ敵わなくとも、それも定め。銀、あなたと一緒に奴を討つ覚悟はあります」
その言葉に二人が同時に鈴を見た。鈴の気迫と強い意志は、銀の身体に流れる鬼の血を呼び覚ました。
「鈴……」
銀は熱い目で鈴を見つめた。幻海はおもむろに立ち上がり、
「わしはしばらくここを留守にする。悪いが蒼子はわしの手には負えん。だが、奴が来る頃、またここへ戻る。蒼子は必ずここへ来る。他へは行くでないぞ。人を巻き込むわけにはいかぬでな。ここで迎え撃つのだ」
そういうと、煙となり格子窓からするりと空へ抜けていった。
「おかしな爺さんだ。鬼より奇怪な奴を、我は初めて見たぞ」
鈴も同じ思いだった。あまりに不可思議なものを見てしまい、何が真実なのかさえ分からない。先ほどの銀の熱い眼差しもどこかへ消えていた。
「何やら気が抜けてしまった」
そう言って、銀は座敷に寝転んだ。しばらくすると、微かな寝息を立てた。
陽が傾き空を
しばらくして、銀が外から帰り、
「鈴。この山は豊かだ。水も清らかで果実もたくさん実っておる」
そう言って、座敷へと上がって来た。手には色とりどりの果実が抱え込まれている。
「なんとよい匂いでしょう」
それらは甘美な香りを放ち、質素な部屋を華やかにしてくれた。銀は果実をほおばり、甘い汁を口の端から滴らせている。
「鈴も食え。うまいぞ」
鈴も赤々と色づいた果実をかじった。それは甘酸っぱいもので、口の中に爽やかなさざ波が押し寄せるようだった。
「このような果実……。食べるのは初めてです。この山は特別なのでしょう。なにしろ仙人が住むのだから」
鈴の言葉は銀の耳に届いていたが、口いっぱいに果実を頬張り、返事のしようがないようで、首を縦に振って答えている。
「あなたはよく食べますね」
このような光景は懐かしい。鬼討ちの屋敷でもよく見られた。
「鈴。どうしたのだ?」
果実のほとんどを食べて満足したのか、鈴ににじり寄る。
「食べぬのか?」
甘い香りのする銀は、みずみずしい白い果実のようだ。鈴は手を伸ばし、彼の頬に触れた。銀はその手に自分の手を重ねる。二人の瞳には互いが映り、身体を寄せ合う。触れた指を絡ませ、静かに横たわった。鈴の中で熱いものが込み上げてくる。身に着けていた物がゆっくりと身体から離れてゆき、鈴の肌が露わになる。銀の手が鈴の頬に触れて、下方へと身体を撫でてゆく。それに身体が敏感に反応して、思わず微かに声を漏らした。銀の唇が鈴の口を吸い、それは頬に触れて、そこから首筋へと移る。銀のしなやかな腕が鈴を包むと、熱いものが身体の中へ入ってくる。それはゆっくりと動き鈴の身体を痺れさせた。肌の擦れ合う感覚と、ほのかな甘い香りがとても心地よく、二人は間もなく昇りつめた。
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