第16話

 無事に里へたどり着くと、通りを歩いている、いつも見慣れた人たちが、異様な視線でりんを見つめた。そこに感じるのは陰気なもの。今まで、人からそのようなものを感じたことなどなかった。屋敷へ帰るいつもの道、昨日と変わらぬ里が、今は鈴の存在を拒んでいるように思えた。通りを屋敷の方から幾人かやって来る。顔がはっきりしてくると、それは正尚まさなおが率いる鬼討ちらだと分かった。

「鈴、よく無事で戻って来られたな」

 そう言った正尚の顔にはかげのようなものがあった。

「わたくしが鬼に殺られるとでも思ったか?」

 正尚は表情を変えずにただ突っ立っていた。鬼討ちらも終始無言。ただならぬ空気が彼らを取り巻いていた。それを感じたのか、周りの人たちが奇異の視線を向けている。

「ここでは目立つ。ひとまず屋敷へ」

 そう言うなり、正尚はきびすを返し、先頭を切って屋敷へと向かった。鬼討ちの一人が、鈴を一瞥すると、皆と同じように歩き出した。それはまるで、ついて来いというふうだった。ここではもう、立場が違っているという事なのだろうか? このようなぞんざいな扱いを受けることは、今までにないこと。鈴は正尚に対してなのか、鬼討ちに対してなのか分からない怒りと悔しさがこみあげて来た。しかし、この場は黙って従うしかない。


 屋敷の一室で、正尚と鈴は向かい合って座った。帰って来て早々、物々しい空気の中、二人は見つめ合っていた。

「肩の傷は痛むか?」

 口火を切ったのは正尚。元来優しい心根の持ち主であったが、今の言葉には何も込められてはいない。何が彼を変えてしまったのだろうか? 鈴の心は痛んだ。やはり、龍の言う自分の中にある、人ではない者の血が引き起こした災いなのかもしれない。

「いいえ。大した傷ではない」

 これ以上何を話せばいいのか、鈴には分からない。正尚は鈴の肩に巻かれた布を見つめている。それは銀が自分の着物を裂いたもの。薄浅葱色の地に青色の波模様が微かに見て取れる。

「銀の鬼とは仲が良いようだな? お前も鬼に心を食われたか。母君と同じように……」

 正尚はもうこれ以上黙っていられないというふうに、唇を僅かに震わせながらそう言った。胡坐あぐらの上で握り締めていた拳がさらに強く握りしめられ、白く筋が立っている。

「何を! わたくしのことはともかく、母様のことを愚弄するとはいくらお前でも許さぬ」

 鈴はつい声を荒らげた事を悪く思い、言葉を続けた。

「お前のしていることは、わたくしには理解できぬ。父はわたくしが鬼討ちを辞めることを望んでおられる。だからというわけではないが辞することにする。その方がお前も気が楽であろう?」

 正尚は返事をするでもなく、ただ無言のままでいた。

「わたくしが邪魔ならそう言えばよい!」

 何も言わない正尚に鈴はひどく苛立った。それに反応したのか、突然、正尚が鈴に覆いかぶさった。

「お前は僕の気持ちが分かっているのだろう? そうだろう? いつだってお前のそばにいた。いつだってお前だけを見ていた!」

 そう言って、乱暴に鈴の着物を剥いだ。短くなった裾から出ていた脚の間に、正尚の脚が割り込む。

「もう良いだろう? お前は普通の女子おなご

 なぜだか分からないが、銀に触れられた時と違い、正尚を受け入れることが出来なかった。あんなに優しく自分を支えてきたこの男が、今はまるで違う人のように見える。触れられることに嫌悪を感じた。

「いや!」

 鈴の心からの叫びだった。だがはね除けようにも、力では敵わない。涙が目じりからつーと流れ落ちる。

「銀……」

 声ともならぬ囁きが、鈴の口から漏れた。その声は必至で鈴を手籠めにしようとする正尚の耳には届くことはなかった。

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