第15話

 銀以外の鬼は、やはりただのけだもの。人の匂いを嗅ぎつけたのか、右も左も、そして後ろにも、すでに邪気が感じられた。りんから少しの間を取りながら、速度を合わせてついて来る。ガサッ。葉のこすれる音がしたと同時に、右から醜悪な餓鬼がきが襲い掛かった。だがもちろん鈴の敵ではなかった。すでに抜いていた刀を一振りするだけで、それは簡単に二つに割れて地に落ちた。鈴の走る速度は落ちる事もなく、襲い掛かる鬼たちが次々と地に転がっていく。


 山の中腹まで下りたところで、小休止を取ることにした。いくら鬼討ちといえども、走りながら刀を振り続け、餓鬼を倒していくのは至難の業。体力の消耗もかなりのもの。邪気の数は先ほどより少ないが、葉陰で鈴の様子を窺っている。

「愚かな。それで隠れているつもりか?」

 鈴は少し息を整えるため、地べたに腰を下ろした。邪気の中には、それと違う気が混じっていた。りゅうだ。龍という男は謎めいていて、人の姿をしながら異様な気を持っている。そして時々、その気を消すこともあった。しかし、今は鈴について来るのが精いっぱいだったのだろう。

「龍、お前の相手などするつもりはない。ついて来てどうするつもりだ?」

 鈴はさやにいったん納めた刀のつかを握り、いつでも抜けるように構えた。

「やはり気付いていましたか。あなたは普通の人ではないようです。幼い頃から人を超越したものを感じていました。源之助の娘にしても度が過ぎている。あの男も人並み外れた腕を持っていたが、私から言わせれば、あれは人の力量の範囲内。だが、あなたは違う。人とは違う何かの血を受け継いでいるのではないのですか?」

 龍はそう言って、鈴の前に腰を下ろすと、話しを続けた。

「あなたは母君のことをよく知らない。そうですね? 彼女はあなたが生まれてすぐに亡くなった。それは聞いているのでしょう? 私はね、あなたの出生に秘密があるのではないかと考えているのですよ。あなたも感じたことはありませんでしたか? 先ほどのように鬼に追われながら刀を振ることも、人であらぬ証拠。鬼の足の速さはご存じでしょう。源之助でさえ、追いつくのがやっとです。それをあなたは軽く超えています」

 龍は口元に微かな笑みを浮かべてながら話す。そこがこの奇妙な男を、いっそう奇怪なものに見せていた。

「何を申すかと思えば、そのような戯言ざれごとを」

 そう言いながらも、鈴は龍の考えが間違いでないような気にもなっていた。そう思いたくはないが、つじつまを合わせていけば、龍が正しいのかもしれなかった。

「わたくしに用とはその事だけか? ならば、この醜悪な小鬼どもを連れて消えてくれまいか?」

 これ以上この男の話しを聞くのは、今の鈴には酷な事であった。知らない方がよいこともある。

「私に会いに、この山へ入ったのではないのですか? それとも、銀の鬼に会いに来たのですか?」

「どうでもよいことであろう」

 鈴は心の揺らぎを押え、冷たく言い放った。


 鈴は周囲の邪気の動きを見ながら立ち上がり、龍との会話を断ち切った。そして、無言のまま山を下った。龍はそれを黙って見送る。餓鬼たちはもう鈴を追ってはいなかった。

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