第12話
メリメリと焼けた木が倒れていく中を、猿やリスなどが逃げ惑っていた。それらを見ても
「もう誰にも頼まぬ」
「鬼だ! 鬼が出て来よった! 矢を放て!」
正尚の命令に鬼討ちらが従った。矢は炎の壁を突き破り、鬼どもに襲い掛かる。
「やめろ! 今はそれどころではない」
鈴の声はもはや正尚の耳には届かない。一本の矢が鈴の肩をかすめていった。そして、炎までもが襲い掛かってくる中を、鈴は懸命に木を倒し続けた。そこへ突然何かがやってきたようだ。鈴にはその気の感じで、それが何なのか分かっていた。鬼どものどよめきと、鬼討ちらの警戒す緊張した空気。
「銀の鬼。やはり出て来たか」
そう言う正尚は弦を引いた。
「気が
銀の鬼はひときわ大きな木の上にいた。そこへも炎が移ろうとしているのに少しも慌てる様子はない。
「銀の鬼よ。ここはわたくしに任せてもらおう。これはわたくしの不始末。鬼討ちらと、ここでけりをつける」
鈴は人の悪行を人の手で何とか治めたいと思った。鬼の手を借りたとあっては末裔までの恥。鬼討ちの頭領の娘であるが故の判断であった。
「
そう言って銀の鬼は木から飛び降り、燃える木を素手で倒していった。それがよほど気に食わぬと言った様子で、正尚がさらに支持を出した。鈴が炎の中にいる事を承知で。
視界を遮られていた鈴は、自分に矢が向けられていることなど気付くはずもない。そこへ不意に飛び込んできた矢が、鈴の肩に突き刺さった。小さなうめき声を漏らし、刀で身体を支えた。その時、大量の煙を吸い、鈴はひどく咳き込んだ。それに気付いたのだろう。銀の鬼が炎の中を走って来る。銀の鬼は鈴を担いで、そこから逃げるように遠ざかっていった。
鈴が気を取り戻したのは、もう陽も暮れた月明かりの中、月が浮かぶ湖の
「お前が手当てを?」
そう言って横で寝ている銀の鬼に目をやると、彼はただ寝ているのではなく、背中に数本の矢が刺さって虫の息であった。
「おい!」
声をかけたが、もちろん反応などない。心臓が二つあると聞いていたが、これではもうだめかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。自分のために、この鬼が命を落とすことになるとは。春とはいえ、夜風はまだ冷たい。月明かりのせいか、銀の鬼の顔は青ざめて見える。身体も冷たくなっていた。
「死ぬな……」
鈴は、銀の鬼を死なせるわけにはいかないと、強くそう思った。鬼の背中に刺さった矢を丁寧に抜き、着物を剥いだ。傷からは止めどなく赤い血が流れ出ている。鈴は自分の着物の裾を引き裂き、鬼の身体に強く巻き付けた。膝上まで裂いたがそれでも足りず、捲り上げられていた袖も引き千切った。
「死んでは駄目だ」
巻いた布地には鮮血が赤く広がる。
「確かこの辺りに小屋があったはず」
今この山で木を切る者はいないが、古い木こりの山小屋がまだ残っていることを思い出した。そこまではこの湖からそう遠くはなかったが、鬼を背負って歩くのは思いのほか困難であった。なんとか小屋に着くと鬼を肩からそっと下した。
黒ずんだ壁板に、傾いた戸。今にも壊れてしまいそうではあったが、今夜一晩、夜風を避けるには十分だった。まずは傾いた戸を開けようと手をかけたが、ガタンッ。それは音を立てて倒れた。しかし、そのようなことは気にしてはいられない。鬼を担いで中へと入った。土間と板の間だけの粗末な小屋だ。板の間に鬼を下ろすと、部屋の隅に置かれた大きな塊を見つけた。近くで見ると、それは布に包まれた布団。
それを開けると、これまた粗末な薄い物。つぎはぎだらけのその布団を板の間に敷き、鬼を寝かせた。その身体に布団をかけたが、少しも温まらない。
「お前、本当に死んでしまうのか?」
鈴はそうつぶやいて鬼の頬に手を置いた。白くて美しいその顔は、冷たく蒼く、生きているとは思えなかった。鈴は鬼の口元に耳を近づけ、確かに息をしていることを確認した。
「生きている。本当にお前は化け物よ」
そう言う鈴の頬を、一筋の涙が伝って、鬼の頬に落ちた。その晩は、鈴が鬼の身体に寄り添い、包むように暖めた。
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