第9話

 りんは深いため息と共に、正尚まさなおに対する少々の怒りも吐き出したようだ。

 自室に戻ると、つねと共に昼食をとることにした。

「ふー。よく食うた。朝飯を食うておらぬことに気付かなんだ」

「いやですよ、鈴様。それではまるでご老人のようではありませぬか」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「若頭領様と何があったのですか? 鈴様に身に何かあっては私が叱られます。それに……」

 常はそこで言葉を止めて、その先を話していいものかと考えていた。

「何? 気になるではないか。申してみよ。常ちゃん、話しなさい」

「鈴様は女子おなごなのですよ。若頭領様と二人きりになられるときは、お気を付けください」

 常はためらいながら言った。

「どういうこと? わたくしにはよく分からぬが」

 年下の常には、鈴がとぼけているのではないかとさえ思えた。

「正尚がわたくを傷つける事などありませぬ。そのようなことで気を揉んでいたのか?」

 さも可笑しなことと、鈴に笑い飛ばされ、男というものをよく分かっていない鈴に、何とか伝えねばと考えた。

「鈴様。よくお聞きください。このようなこと、私が申し上げるのは、憚れますが、男に近付くことは危のうございます」

 そこまで言うと、常は鈴により近づき、声をひそめた。


「私は母から教えて頂きました。男というものは、女子の身体が好きなのだと」

「何を申すか? そのような淫らな話など聞きとうございませぬ」

 鈴は頬を赤らめ、着物の袖で顔を隠した。

「男であれば、皆同じです」

 常はもうそれ以上のことは、言葉にすることができなかった。

「常は……。男と肌を合わせた事があるのか?」

 鈴にはまだ常が子供のように思えていた。

「はい。私のことを好いていると言われて」

「常はその方を好いておるのか?」

「分かりませぬ。ただ、私に優しくしてくださいます」

 常の口から男の話など、一度も聞いたことはなかっただけに、衝撃的であった。

「わたくしには、まだよく分かりませぬ。男に触れられるなど……」

 鈴は唇を震わせていた。

「初めてのときは、やはり誰しも身が震えるものではないかと思います」

 常の頬は紅潮し、何かを思っているようであった。

「常はわたくしが思うておるほど、幼き女子ではなかったのですね」

 鈴は、男との触れ合いがいまだにない事を恥じているようで、常から少し目をそらした。

「鈴様は特別なお方ですから、お頭様も鈴様のそばに男を近づけないように配慮されておられました。ただ、若頭領様だけはそれが許されておりました。これは私が言ってはいけない事ですが、鈴様がいずれ、若頭領様と結ばれることを望んでいらっしゃいます」

「父様が? わたくしと正尚を……」

 鈴にとって正尚はどのような存在であるか考えたこともなかった。物心ついた頃には、すでにそばにいて、今も同じ屋敷で共に暮らしている。鬼討ちとして一緒に育ってきた。兄弟でもなく、血のつながりもない。だか、鈴には必要な人。いつでもそばにいてくれる。

「もう、この話は終わりにしよう」

 鈴はどうしたらよいか分からないまま、その場を後にした。部屋に残された常は、余計なことを言ってしまったのではないかと感じていた。

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