第8話

 屋敷の一室で、正尚まさなおりんを休ませた。まだ意識は戻りそうもなかった。

「鈴、お前をあのような化け物には渡さぬ。お頭とも約束した。しかし、金の鬼、銀の鬼。二匹の鬼がお前を奪おうとしているとは」

 正尚は鈴のあの微笑みを思い出した。鬼に対しての怒りは、いつしか嫉妬へと変わっていた。

「鈴様? 鈴様、どちらにおられますか?」

 廊下を走り過ぎていく侍女を、正尚が止めた。

「鈴ならここに。少し具合が良くないようで休んでいる。何か用があったのか?」

 侍女はそっと障子の隙間から鈴を確認すると、

「分かりました。用というほどのことではございません。鈴様のことはわたくしがお世話をしますので」

 そう言って正尚を押しのけて、部屋に入っていった。

「ご安心ください。若頭領様、もうお勤めに行かれたらいかがです?」

 侍女は何やら勘ぐっているようで、追い立てるように正尚に言い放った。


 それからしばらくして、鈴は気が付いた。身を起こすと、隣で侍女が居眠りをしている。針仕事をしていたようで、手には針を持ったままだった。

つねちゃん?」

 鈴が名前を呼ぶと、はっと気が付いた。

「痛っ」

 常は持っていた針で、自分の指を突いてしまった。

「あら、大変。大丈夫?」

 鈴の予想していた通りのことを、彼女はしてしまった。歳は鈴より若く、妹のように可愛がっている。少々、間が抜けているところがあって、たまに粗相をしては古株の侍女に叱られていた。常はぷっくりと沸き上がって来た赤い血の玉をなめた。

「私、寝てしまったのですね。鈴様のおそばに付きながら……」

 常はうつむき、唇を噛み締めた。反省する時の彼女の癖だった。

「よいのですよ。わたくしと二人でいる時は気を遣うなと言っているではないか。それより、わたくしは何故昼間から寝ていたのだろう? 朝は確かに起きたはずだったが」

「覚えておられないのですか? 今朝、若頭領様とご一緒でした。鈴様の具合が良くないとのことでしたが、違うのですか?」

 鈴はそのようなことは思い出せなかった。今朝起きてからのことが記憶にないとは。

「正尚は今どこに?」

「さあ? でも、そろそろ昼時です。見回りから戻られるころでしょう」

 常がそう言うと、鈴はたまらず部屋を出た。

「正尚め、わたくしに何をしたのだ?」

 首の後ろ辺りに鈍い痛みを感じながら、鈴は正尚が昼飯を食べる居間へと向かった。そこにはすでに数人の若者がいて、大もりの飯に食らいついていた。

「これでは、年頃の女子おなごが見たら怖がるぞ。鬼のように飯に食らいついく。あさましいこと」

 このように鈴が注意しても、耳には届いてなどおらぬ様子で、若者たちはただひたすら食い続けた。

「正尚はまだか?」

 近くにいた若い鬼討ちに聞いたが、首を振るだけだった。

「仕方ない。ここで待とう」

 鈴が腰を下ろすと、廊下側から騒々しく男たちが入って来た。むさ苦しい事この上なく、その場から離れ、壁際に立った。

「正尚はまだか!」

 もはや、鈴の声は誰の耳にも届かなかった。

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