第7話

 銀の鬼騒動から一夜明けて、りんは朝の光を浴びに表へ出た。

「桜の花びらが……」

 母の墓石に花びらがかかり、うっすらと桃色に染めていた。

母様ははさま、今年も桜が咲きました」

 そう言うと鈴はその場にしゃがみ込んだ。

「母様。わたくしはどうしてしまったのでしょう? りゅうという男の時も、銀の鬼の時も、何も出来ずにいました。鬼に心を食われてしまったのでしょうか?」

 鈴は墓石に向かってそう言った。

「その石がお前の母なのか? お前、石から生まれたのか? 変わっておるのぅ」

 ザザーッ。桜の花びらを身に纏うかのように薄桃色に包まれて何者かが、木から降りて来た。

「お前は!」

 夕べの銀の鬼ではなく、今度は金の鬼。この鬼の気配に気づかなかったことは不覚。あまりに唐突な事で身動きが取れなかった。美麗なその鬼。源之助が言うように、数百年を生きているとは信じがたい。

「ほう。その顔、見覚えがあるぞ」

「わたくしは鬼討ち。見覚えがあって当然」

 鈴はすでに小刀を握り締め、構えていた。

「雪……。似ておる。お前、雪なのか?」

 金の鬼は鈴に手を伸ばした。その白く滑らかな腕に鈴は見惚れていた。


「鈴!」

 そこへ風のように矢が飛んできて、鬼の白い腕をかすめていった。鈴の目の前で、赤い血が流れている白い腕。人と同じ赤い血を流す鬼がいるとは考えもしなかった。この鬼が自分に何をしたか。手を伸ばして触れようとした。ただそれだけ。

 鬼は声も上げずに鈴を見つめていた。痛みは感じないのかもしれない。

「血が……」

 鈴が鬼の手を取り、赤い血を見つめた。

「大したことではない。あの男はお前を好いておるようだ。わしに取られるのが怖いのであろう。お前は雪ではないな。似ておるが違う。鈴というのはお前の名か?」

 鈴は鬼の手を自分の頬へ当てた。

「そう。あなたには名というのが、おありなのでしょうか?」

 もうすでに鈴の心は鬼に囚われてしまっているようであった。

「鬼め。鈴から離れろ」

 そう言って剣を抜き、正尚まさなおは近づいて行った。

「鈴! 目を覚ませ。僕を見ろ!」

 現実が見えていない鈴に、何を言っても無駄な事であった。

「何を血迷うておる。この女子おなごに手をかけるつもりはない。それで儂を斬れば女子も無傷では済まないぞ」

 鬼はにわかに笑みを浮かべた。

「正尚、そのように怖い顔をなさるな。わたくしは傷つけられてはおらぬ」

 鈴は今まで正尚に見せた事のない恍惚とした微笑みを返した。正尚は剣を鞘に納め、鈴の背中に回り、素手で彼女を気絶させた。

「鬼、ここがどこだか分かっておるのだろう。他の者が来る前に立ち去れ。見逃すわけではない。いつかこの手で倒す。それまで時間を与えてやる」

「人というのはどうしてこう情け深いのかのぅ。ここで殺してしまえばよいものを。後悔するでないぞ」

 そう言い残して、金の鬼は去っていった。

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