第6話
それからしばらくは、平穏な日々が続いた。だが、それを打ち破るようにして、またあの金の鬼が現れたという知らせが入った。
「今度こそは、わたくしが仕留めます」
「すまぬ……」
「鈴さん。頭領が鬼を追っています」
屋敷の外へ出ると、若い鬼討ちが数名、鈴を待っていた。
「分かりました。わたくしたちも行きましょう。遅れるでないぞ」
そう言うと、鈴は大通りを矢のごとく走り抜けた。案内役で待っていたはずの鬼討ちたちは、慌てて後を追った。
「居所は分かっています。お前たちは小鬼どもの相手を」
鈴と鬼討ちの周りには、すでに醜悪な顔の鬼どもが姿を見せていた。
「はい」
短い返事のあと、鬼討ちたちはそれぞれに散っていった。
「
鈴は先を急ぎながらも、気がかりでならなかった。
鬼の気を捉えた。すぐそこにいる。そこにはすでに正尚もいるようであった。長屋を一つ飛び越えた先に、二人は対峙していた。
「待ちなさい正尚。その勝負、わたくしに譲るのです。もう下がってよい」
鈴は素早く正尚の前に出た。
「邪魔をするな。これは男同士の戦いだ。女子のお前に出る幕はない。下がるのはお前の方だ」
鈴の背中に向かって正尚が言葉を投げた。
「なんだ、女子に庇われるとはな。男として恥であろう。女子よ、出しゃばるでない」
そう言ったのは鈴の前に立つ鬼。張りつめた空気を和らげるような涼やかな声。しかし、この言いようには、鈴も怒りが湧いてきて、鋭い目つきで鬼を睨みつけた。そこにいたのは確かに普通の鬼ではなかった。正尚が追っていたのは金の鬼と聞いていたが、間違いであったようだ。そこにいるのは銀の鬼だった。
「お前は何者。銀の髪を持つ鬼とは」
驚いたのはそれだけではなかった。醜悪な顔を持つ鬼。そういうことが常識であったから、このように怪しげな美貌など想像もしてはいなかった。涼やかな声に似合った、薄浅葱色の地に微かに青の波模様の着物を着ている。
「鈴。下がっていろ」
そう言うと正尚は弓に矢をつがえて弦を引いた。
「待って。この鬼が何をしたというのです」
一つの角を持つ銀の鬼は、女子を抱えているのでもなく、人を食らった後にも見えなかった。ただ、頭に角を生やし、崇高なまでに美しいだけ。なぜ矢を向けることがあろうか。この時すでに、鈴の心は鬼に奪われていたのであろう。正尚の弓に手を伸ばしていた。
「何をする。可笑しな真似をするな。こいつは鬼。
鈴と正尚が揉み合っているうちに、銀の鬼は山へと飛ぶように去っていった。
「見ろ。逃してしまったではないか」
本気で怒っているふうではなかったが、正尚はやはり複雑な面持ちだった。
「わたくしは何をしたのでしょう?」
我に返った鈴がそうつぶやいた。
「お前、鬼に惚れたのではないか?」
そう言いながら、正尚の胸はざわついていた。
「そのようなこと……」
鈴は顔が熱くなるのを感じた。二人の間には今までにない空気が流れている。そこへ、ようやく追いついてきた鬼討ちらは、何が起こったのか分からずにいた。
「頭領! 鬼は?」
正尚はただ無言で屋敷へと帰って行った。
「鈴さん。何が?」
一人の鬼討ちが聞くのを、他の者が制した。鈴もまたどこかへと姿を消すと、そこには数名の鬼討ちだけが残された。
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