第6話

それからしばらくは、平穏な日々が続いた。だが、それを打ち破るようにして、またあの金の鬼が現れたという知らせが入った。

「今度こそは、わたくしが仕留めます」

 りんは父の寝所の前でそう言うと駆けだした。体を悪くした源之助は床に臥せることが多くなっていた。

「すまぬ……」

 女子おなごの身でありながら、父の意志を継いで鬼討ちになった娘を不憫に思う源之助は、最近は心まで力を失っているようだ。それには鈴の母のことも絡んでいた。日々成長していく鈴は、母の雪に瓜二つなのだから。同じ運命を辿るのではないかと気を病んでいたのだ。

「鈴さん。頭領が鬼を追っています」

 屋敷の外へ出ると、若い鬼討ちが数名、鈴を待っていた。

「分かりました。わたくしたちも行きましょう。遅れるでないぞ」

 そう言うと、鈴は大通りを矢のごとく走り抜けた。案内役で待っていたはずの鬼討ちたちは、慌てて後を追った。

「居所は分かっています。お前たちは小鬼どもの相手を」

 鈴と鬼討ちの周りには、すでに醜悪な顔の鬼どもが姿を見せていた。

「はい」

 短い返事のあと、鬼討ちたちはそれぞれに散っていった。


正尚まさなお。お前に勝てる相手ではない。まだ戦わないでいて」

 鈴は先を急ぎながらも、気がかりでならなかった。

 鬼の気を捉えた。すぐそこにいる。そこにはすでに正尚もいるようであった。長屋を一つ飛び越えた先に、二人は対峙していた。

「待ちなさい正尚。その勝負、わたくしに譲るのです。もう下がってよい」

 鈴は素早く正尚の前に出た。

「邪魔をするな。これは男同士の戦いだ。女子のお前に出る幕はない。下がるのはお前の方だ」

 鈴の背中に向かって正尚が言葉を投げた。

「なんだ、女子に庇われるとはな。男として恥であろう。女子よ、出しゃばるでない」

 そう言ったのは鈴の前に立つ鬼。張りつめた空気を和らげるような涼やかな声。しかし、この言いようには、鈴も怒りが湧いてきて、鋭い目つきで鬼を睨みつけた。そこにいたのは確かに普通の鬼ではなかった。正尚が追っていたのは金の鬼と聞いていたが、間違いであったようだ。そこにいるのは銀の鬼だった。

「お前は何者。銀の髪を持つ鬼とは」

 驚いたのはそれだけではなかった。醜悪な顔を持つ鬼。そういうことが常識であったから、このように怪しげな美貌など想像もしてはいなかった。涼やかな声に似合った、薄浅葱色の地に微かに青の波模様の着物を着ている。

「鈴。下がっていろ」

 そう言うと正尚は弓に矢をつがえて弦を引いた。

「待って。この鬼が何をしたというのです」

 一つの角を持つ銀の鬼は、女子を抱えているのでもなく、人を食らった後にも見えなかった。ただ、頭に角を生やし、崇高なまでに美しいだけ。なぜ矢を向けることがあろうか。この時すでに、鈴の心は鬼に奪われていたのであろう。正尚の弓に手を伸ばしていた。

「何をする。可笑しな真似をするな。こいつは鬼。らねばならないのだ」

 鈴と正尚が揉み合っているうちに、銀の鬼は山へと飛ぶように去っていった。

「見ろ。逃してしまったではないか」

 本気で怒っているふうではなかったが、正尚はやはり複雑な面持ちだった。

「わたくしは何をしたのでしょう?」

 我に返った鈴がそうつぶやいた。

「お前、鬼に惚れたのではないか?」

 そう言いながら、正尚の胸はざわついていた。

「そのようなこと……」

 鈴は顔が熱くなるのを感じた。二人の間には今までにない空気が流れている。そこへ、ようやく追いついてきた鬼討ちらは、何が起こったのか分からずにいた。

「頭領! 鬼は?」

 正尚はただ無言で屋敷へと帰って行った。

「鈴さん。何が?」

 一人の鬼討ちが聞くのを、他の者が制した。鈴もまたどこかへと姿を消すと、そこには数名の鬼討ちだけが残された。

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