第4話

「何者です」

 りんは相手から怪しい気を感じ取って、懐の小刀に手を伸ばした。

「まあ、落ち着きなさい」

 そう言って姿を見せたのはりゅう

「わたくしをつけてきたのですか?」

 鈴は警戒を解かずに、厳しい眼差しを向けた。

「私の事を知りたいのなら、私に聞けばよろしいじゃないですか。何を怖がっているのですか?」

 怖がる? 鈴はその言葉が気になった。

「わたくしは怖がってなどおりません。ただ、あなたからは人ならぬものを感じます」

 ことの口から聞いた、鬼と共に姿を消した男。それが鈴に先入観を与えただけではなかった。なぜなら、鈴には他の人にはない勘が備わっていたからだ。

「先ほども話を立ち聞きしていたのでしょう。源之助には何も言いませんがね」

 気丈な鈴の目は、この妖し気な男に対して一瞬の迷いもなく、揺らぎもなくまっすぐ向いていた。

「私はね、琴さんが言いたかったことを、言いにくい事をあなたに教えて差し上げようというのですよ。私に興味がおありのようだから」

 龍は口元を緩ませてはいたが、目は強く鈴を見据えていた。

「私は今、鬼と暮らしています。鬼にも心はあるのですよ。だから私は、鬼と心を通わせることが出来るのです。あなた方鬼討ちは、心を持った者を殺そうとしているのです。罪深い事ですね。ところで、近々鬼狩りをすると言う噂が私の耳にも届きましてね。そのようなことはやめたほうが身のためだと、忠告に来たのですよ。あなたもご存知のように、上等な鬼は死にませんが、迷惑ですよ。まあ、私としては、下等な鬼など殺してしまってもかまわないがね。鬼狩りというのは賛成しない」

 琴もこの男に危険を感じたのか、身を固くし口を閉ざしていた。

「あなたは鬼に心を食われたのです。ならばもう人ではありますまい。我が手かかって命を落としたくなくば、この場を立ち去りなさい」

 鬼討ちである鈴は、人であらぬ者ならば、たとえ人の姿をしていても惑わされることなく、討ち果たすことが出来ると思っていた。

「源之助の娘、良く成長しました。私はあなたが赤子の頃からよく知っています。あなたは母君によく似ておられる。色の白い所も、気の強い所もね。私を殺す事など出来はしないでしょう。そんなものは仕舞いなさい。危ないですから」

 龍は穏やかな口調で鈴を説き、身体に触れた。そして、そっと小刀を鈴の手から取り上げた。

「さあ、もうそのような怖い顔をなさらずに、心を安らかになさい」

 鈴は龍のその言葉に、次第に心動かされ、このまま龍の手に落ちてもいいとさえ思った。

「鈴様!」

 金縛りにかかったように動けなかった琴が、鈴の危機を救おうと、渾身の力で、呪縛を解き放ち、龍へと体当たりした。我へ返った鈴は小刀を奪い返し、龍の首元に当てた。

「わたくしは鬼討ち。人であらぬお前をここで討ってもよいがどうする? もう惑わされぬぞ」

「分かった。今日は帰ることにするよ。私に会いたくなったら山へいらっしゃい。いつでも歓迎しますよ」

 そう言って龍は去っていった。その後ろ姿はすっと消えてなくなった。鈴はその身が震えるほどの恐ろしさを感じた。鬼に心を奪われる。それはもしかしたら、命を奪われるよりも怖い事なのかもしれない。

「琴!」

 琴はもうすっかり恐ろしさのあまり、放心状態であった。そのうち意識を失い倒れた。無理もない。鬼討ちの鈴でさえ、龍という男の手に落ちようとしていたのだから。

「あなたのおかげで助かりました。あのような者がいるとは知りませんでした」

 人の姿をした化け物。二度と会いたくはなかった。

 鈴は琴の意識が戻るまで、しばらくその場についていた。


「鈴様。私は……」

 未だ放心状態の琴は、夢を見ていたのだと思いたかった。

「気が付きましたか?」

 鈴がいつもの落ち着いた声でそう言うと、琴はやはり夢を見ていたに違いないと自分に言い聞かせた。

「わたくしは屋敷へ戻りますが、何か困ったことがあれば、いつでもいらっしゃい」

 そう言って鈴は長屋を後にした。

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