第3話

「あの鬼とはまだ決着がつかないようだな?」

 龍の言い方には、何か引っかかるものがあった。

「最近は姿を見せない。最後に見たのは、私がこうなる前のこと。そうだな、確か鈴が十三か、十四になった頃か。あ奴は……」

 言い掛けて、源之助は何を思い出したか声を出して笑った。こんなことは久しぶりだった。旧友に会えたことで、何か解けてゆくようだ。

「すまない。思い出したら可笑しくて。あ奴は少々豊満な娘を攫っていった。重さは奴にとっては気になるものではなかったのだろうが、娘が激しく暴れてね。ひどく困った様子であったから、追うのをやめて見ていた。そのうち、娘が私を見てなぜ助けないと抗議したのだ」

「それで、どうしたのだ? お前は」

「まあ、仕方がないので、娘を置いて行け、さもないと矢を放つぞと言ったのだ。そうしたら、あっさり置いてゆきやがったよ」

「あいつも懲りないね」

 りんにとっては、こんな会話は顔から火が出るほど恥ずかしかった。父とその友人が女の事について話すなどと言う事が、卑猥な事のように思えて。その場にいるのが耐えられなくなった鈴は静かに離れた。

 龍という男。鈴には覚えがないが、幼い頃の自分を知っているふうな話しぶりが気になり、以前侍女を務めていたことという女を訪ねていった。粗末な長屋に、父親と二人で暮らしている。気のいい人であったから、鈴は彼女を慕っていた。今は父の体が悪く看病しているということだった。


「鈴様、このようなところまで足を運んでいただき……」

 琴は何と言ったらよいか言葉を探しているようだった。

「ないも言わずともよいのです。お父上のご容態はいかがですか?」

「はい。ことのほか元気にしております」

 琴はそう言って無理に笑顔を作っていた。

「先ほど、薬師を訪ねてきました。これを飲むと良くなるそうです」

 鈴は病に効く薬を薬師に調合してもらってきた。それを琴に手渡すと、

「お頭様も、鈴様もこんなわたくしのために……」

 そう言って、琴はハラハラと涙を流した。

「琴、怒りますよ。あなたもあなたのお父上も、わたくしにとっては家族です」

 鈴は琴が落ち着くまで、背中を優しくさすった。

「琴。今日は聞きたいことがあって来たのです。父のご友人で、龍という男をご存じですか? 今その方が父の元を訪ねていらしています。何か危険なことが起こらなければと、案じているのです」

 琴は龍という名前にそれほど覚えはなかったが、記憶をたどるように宙を仰いだ。

「リュウ……。そういえば、お頭様のところにいました。確か幼い時からのご友人でしたが、あるとき姿が見えなくなったとか」

 父のところにいたと言うことは鬼討ちだ。

「鬼討ちをやめたのですね?」

 鈴が聞くと、琴は首を振った。

「最初は鬼に食われたと言う噂が立ちました。でも、鬼と一緒にどこかへ消えた、 そう言う人もいました」

「鬼と一緒に? 鬼は人を食らうのですよ。共に生きることなどできない」

「いいえ、それは違います。鬼と心を通わせる人もいるのです」

 鈴には琴の言っていることがよく分からなかった。琴は何が言いたいのだろう。

「鈴様。これは……」

 言いづらそうに話し始めたが、それを鈴が止めた。何かの気配がしたのだ。

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