第2話

 あれからもう十年。七つだったりんも十七になっていた。

ちち様」

 鈴は屋敷内で父を探していた。

「父様。やはり、そこにおられたのですね」

 源之助の目には、鈴もすっかり大人の女に見えていた。

「お前もここに来て、はは様に花をお供えしなさい」

 源之助は、鈴の母の墓石の前でそっと手を合わせている。鈴も庭へ出て、墓石のある桜の木の下まで来ると、手を庇のように額にかざしてその木を見上げた。

「良い日和になりました。母様のお好きな桜の花も、つぼみを膨らませております。花は手折れば死んでしまう」

 鈴はそう言って、懐から折り鶴を出して、墓石の前に置いた。

「それは? お前が折ったのか?」

「あら、父様。わたくしにもこれくらいの事は出来ましてよ」

 侍女に何度教えられても、上手く出来ないことに苛立っていたのも、昔の話しだった。

「そうか」

 源之助は穏やかに微笑んだ。その頬には、十年前にはなかった白い傷が走っていた。鬼との死闘が彼の身体を傷つけていったのだ。そして今はもう、あの頃のように、鬼討ちが出来なくなっていた。

「私を呼んでいたようだったが、何か用でもあったのか?」

 思い出したかのように源之助が言うと、

「そうでした。お客様がいらしています」

 鈴もあわててそう言った。

何方どなたじゃ?」

「わたくしの知らない方です」

「そうか。今行く」

 源之助は杖をつき、片足を庇うように歩いた。

「わたくし、お客様のお相手をしてまいります」

 鈴はそう言って、屋鋪へと戻っていった。足を負傷してからは、源之助は頭領を若い者に譲り、今は隠居の身。

「お待たせして申し訳ない」

 そう言って部屋にへ行った源之助は、客の顔を見て、目に昔の光を取り戻した。

「鈴。もう席を外してくれないか。大事な話があるのでな」

 鈴は静かに部屋を出た。そこに残された客人は、かつての同士であった。

「この私の無様な姿を拝みに来たか?」

 旧友は、苦笑いを見せて、

「お前は立派だ」

 と言葉を返した。

「龍よ、歳だな。お互いに……」

 源之助はそう言いかけて言葉に詰まった。歳が同じくらいの龍はとうに五十は過ぎているはず。それなのに肌艶が良く、ここを離れた頃よりも若くなったように見えた。

「鈴はどうだ? 鬼討ちとして」

 龍と呼ばれた男は、鈴についての話しに切り替えた。鈴は頭領の娘でありながら、父の跡を継ぐことは許されなかった。女子は鬼討ちには適さないからだ。

「そうだな。そろそろ引き時だろう。腕は確かなのだがな。女では仕方がない」

 鈴にはこのことが受け入れられなかった。この二人の会話が気になり、鈴は気配を消して密かに聞いていた。

 

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