福の神、弟子をとる

雨宮羽音

福の神、弟子をとる

 あるところに神がいた。

 人の運を操れる福の神だ。


 老人の姿をした彼は、とんだお人好しであった。

 幸せを願う者を探して、いつも人間界を散歩している。


(今日も迷える仔羊はいないかのう……できればプリチーなオナゴがよいのう、グフフ)


 この神、実に煩悩に溢れている。

 しかしそんな彼の期待とは裏腹に、その日出会ったのは幼い少年であった。



 せまい裏路地。

 数人の子供が、ひとりの男の子を囲んでイジメている。


(ああ、酷い! そんなモノを……ああっ、そんなふうに乱暴に……!?)


 見るに耐えない悲惨な光景であった。

 言葉にするのもはばかられる行いに、神はただ顔を覆い、現実から目を逸らした。

 助けようとしないこの神は、とんだヘタレである。



 しばらくして、一人になった少年がポツリと呟く。


「もう、大丈夫だよ」


 小さな手から子犬が駆け出していった。


(なんと……この子はあんな目にあってまで、小さな命を護ろうとしたのか……)


 その行いに神はすっかりと感心してしまった。

 同時に、少年の力になってやりたいとも思った。


「のう、勇気ある子供よ。

 お主は幸せになりたくないか?」


「おじさん、だあれ……?」


「ワシは福の神。何でも一つ願いを叶えてあげよう」


「ふーん……でも、いらないや」


「ええっ、どうしてじゃ!?」


「ボク、いっつも皆んなからひどい目にあうんだ。

 だからちょこっと良いことがあったって、何もかわらないよ」


「随分と悲観的な子供じゃのう……では、さっきのいじめっ子達を懲らしめてやろうか?」


「そんなこと出来るの?」


「出来るとも。人の運を司る、福の神じゃからな!」


 鼻を高くする神に、少年は疑いの眼差しを向けた。

 それはどこか侮蔑の入り混じった、冷たい視線だった。


「でも、それもいらないや。

 そのかわり、一つ聞いてもいい?」


「お、なんじゃ。なんでも答えてやろう」


「ボクもおじさんみたいな神様になれるかな?」


「お、おお……」


 神は少年の背後に後光を見た気がした。

 自分の幸運を望むでも無く、他人の不幸を願うわけでも無い。

 あまつさえ、老人の様な福の神になりたいと言う。


(なんと達観した子供だろうか。是非、孫に欲しいくらいじゃ。

 ワシとて、元は人間から神に昇格した身……この子なら、あるいは……)


 神の脳裏に、少年と過ごす日々がよぎった。

 それは子供のいない神にとって、暖かく、朗らかなものだった。


「よーしわかった!

 お主をワシのまご……弟子にしよう!

 一人前の神になれるよう、一緒に暮らすのじゃぁ!!」


「ほんとう? わーい!!」


 こうして、神は少年を弟子にした。



 後に、福の神の座は世代交代する。

 元神様が不幸にも餅を詰まらせて召されるまで、末長く幸せな時間を過ごしたと語られている。





 さらに時は流れ──。



 一人の青年が人間界を散歩していた。

 彼が歩いた道には草花が咲き、彼を見た動物は嬉しそうにそばへ駆け寄る。


「ごめんね。時間がかかってしまって。

 おじいちゃん、なかなか死ななくてさ。

 最後の方はボクもヤケだったよ」


 ごう。と一陣の風が吹き、青年を背中から撫でた。

 そのまま吹き抜けた風は、すっかり廃墟となった街へ吸い込まれていく。



 地上には誰も居ない。

 人間と呼ばれた種族は、事故、疫病、天変地異といった〝不運〟に見舞われ、跡形もなく姿を消した。


「ボクを不幸にする『人間』はいなくなった……。

 ありがとう、おじいちゃん。ボクを弟子にしてくれて……」


 青年は自分の掌を眺める。

 ぼんやりと光を放つオーラは、福の神の力──人の運を操る能力。



「今は……最高に幸せだよ──」



 青年はその時、生まれて初めて本当の笑みを浮かべた。





福の神、弟子をとる・完

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福の神、弟子をとる 雨宮羽音 @HaotoAmamiya

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