暴走を止めろ

 マナはまだ人に危害を加えていない。本人も正気を失っているというより、自分の状況がよく分かっていないようだ。恐らく彼女には他人を憎むような気持ちがあまりないのだろうと、ヤスナリが言う。それを聞いたリョウタは何故か視線を明後日の方へ向け、軽く肩をすくめた。


「剣を振り回している相手は危険だ。ここはハヤトの魔法に守ってもらいながらタクミが接近して無力化しよう」


 ユウヤが実行者を指名すると、ヤスナリが地図を指し示しながら具体的な行動の説明を始める。タクミには今回のように物質化した魔力を解除する能力があるという。ハヤトは先日何者かがキョウコの作った魔法陣を消し去ってゴモリーを救った現場を思い出した。


「ウチも行くし!」


 ハヅキが同行を願い出た。暴走しているのは自分の友人なのだから心情的には当然のことだろう。どうするのかとユウヤの顔を見ると、生徒会長は微笑みを絶やさずに口を開く。


「うん、いいよ。ハヅキの力でうまいことマナを癒やしてあげなよ」


 あっさりと同行を認めた。ハヅキの才能もあるのだろうが、ハヤトはユウヤに何か別の意図があるように感じる。とはいえ、特に反対する理由もないので「よし、行こう」と二人を促し部屋を出るのだった。部屋を出る瞬間、横に立っていたリョウタが顔をしかめたように見えたが、その理由を追求している場合でもない。




「マナ!」


 目的の生徒は、だいぶ疲れてきているようだった。当然だ。魔法を使えば生命エネルギーである魔力を消耗する。力に目覚めたものの、制御する術を知らず正気を失って全力で魔法を使い続けていたのだ。短時間で大量に魔力を消耗しているだろう。そこにハヅキが駆け寄っていく。


「守れ!」


 ハヅキが不用意に近づいたため、ハヤトは彼女にバリアを貼る。すぐにマナがハヅキに斬りかかり、二本の黄色い刃が緑の障壁に阻まれる。十分な防御力を確保できているようだが、この状態では同時に複数の相手を守ることができない。焦りの表情を見せるハヤトだが、対照的にタクミは不敵な笑みを浮かべて前に出る。


「好都合だ」


 そのまま両手の拳を握り、ファイティングポーズを取ると一気にマナの背後へ移動する。正気ではないということもあるが、マナの意識は完全にハヅキに向けられ、タクミの接近に反応することができない。至近距離まで入ったタクミは、ハヤトの目にも残像が映るほどの速さで両手による交互の突き――ワンツーと呼ばれるボクシングの基本攻撃法――を繰り出し、マナの剣を二本とも打ち砕いてしまった。


「ひとまず人目につかないところに行こう。〝選民ペキュリアーピープル〟の監視で周りに人がいないことは確認済みだが、路上で大っぴらに魔法を使うとどのタイミングでアマテラスがやってくるかわからん」


「そうですね、二人ともこっちへ」


 ハヤトはぐったりするマナを抱えるハヅキとタクミを促し、近くにある建物へと移動した。ここはテナントの入っていない貸しビルだが、〝選民ペキュリアーピープル〟が何らかの手を使って活動拠点の一つにした場所だ。各地で監視を行っているメンバーはこういう拠点を利用して新たな仲間の誕生を日々探っているのだ。恐らくゴモリーが知恵と力を貸したのだろうことは想像に難くない。天使達がどのような調べ方をしているかは知らないが、以前遭遇した時の状況を考えるにこのような組織だった監視は行っていないのだろうとハヤトは納得していた。ミドリ達は連絡を取っているらしいが、全然姿を見ていないのだから。もしかしたら自分の知らないところで別の〝覚醒者アクワイヤ〟を漂白しているのかもしれない、いや間違いなくそうなのだろうが、自分の前に現れていないのだから信用はできないのだ。


 そんな不信感が募る天使に対して、今は救いを求めるような気持ちになっている。目の前で覚醒に失敗したらしい後輩が力なく横たわっている。さっきは魔法の剣を振り回して暴れていた。アマテラスに焼き尽くされていないのが不思議な状況だ。そしてヤスナリは救えると言ったが、選ばれなかった者に対して冷酷な態度を示す〝選民ペキュリアーピープル〟が人道的な対処をするとは限らない。何より先ほどのやり取りである。


 ユウヤとタクミは仲間であるハヅキを囮に使ったのだ。


 確かに彼女は個人的な感情から組織の秩序を乱しかねない態度を取っていた。だがそれでも大人しく話を聞く意思を持っていた彼女を、道具のように使うことにハヤトは改めて不信感を抱いた。結果としてはハヤトの魔法でマナの剣を防ぐことができたし、タクミが不意をつくことで楽に取り押さえることができた。ハヅキにとっても最良の結果だっただろう。


 とはいえ、ハヤトの魔法がマナの攻撃を完全に防げたのは結果論でしかない。下手をすれば暴走するマナの剣でハヅキが真っ二つ、という可能性もあった。ユウヤのことだ、そうなる可能性は限りなくゼロに近いだろうと、各人の性格や能力を完全に把握した上で判断したに違いない。だから、別に仲間を捨て駒として利用したわけではないのだろう。その上で、最悪の場合は死んでしまっても構わないと思っていたのではないか。


 彼等にとって大事なことは最終戦争アーマゲドンで生き抜くことだ。そのためには必要以上の感傷を捨て去るべきだと考えているに違いないとハヤトは考える。そうでなければユウヤの言動の説明がつかない。


 目の前でマナを癒す魔法を使うハヅキと、それを腕組みして眺めるタクミを交互に見ながら、さて自分はどう考えるべきかと思考を巡らすハヤトだった。

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その日、僕は魔女と出会った 寿甘 @aderans

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