問題発生

 数日が経ち、ハヤトも自分の魔力が強まっているのを実感し始めた。同じ時間魔法を使っていても疲れにくくなってきたし、リョウタを包む光も心なしか強くなっているように感じる。


 ハヅキも二日目から参加した。炎を出す彼女がどうやって相手を傷つけないように魔法を使うのか興味を持ったハヤトだったが、彼女はなんと相手を癒す炎を生み出してみせた。相手を務めたナツミは炎に包まれながら、まるで風呂に入ったような心地よさを感じ疲労回復までしてしまったのだ。これにはハヤトだけでなく〝選民ペキュリアーピープル〟のメンバー達も皆驚いていた。


「どこもかしこも天才だらけだな」


 リョウタが呆れ気味に呟いたのを聞き逃さなかったハヤトは、深く考えずに言葉を発した。


「リョウタもね」


「はあっ!? 俺のどこが天才だって言うんだよ」


 考えたこともない言葉を投げかけられ、どういう感情を持てばいいのかも分からないリョウタはただ純粋に「何を言っているのか分からない」という態度で疑問の声を上げた。本当にハヤトがなんでそんな言葉を発したのか、まるで理解できなかったのだ。


「え、だって魔法の上達が物凄く速いじゃない。僕から見たらリョウタは魔法の天才だよ」


 最初に敵対した時に感じた、相手の成長速度に対する称賛の気持ちを本人に伝える。失敗から学んで改良を加える対応力、学習速度が並外れていると感じたハヤトの見立ては正しい。リョウタは強い劣等感から自分の能力を客観視することができずにいたが、幼い頃から努力をしてきた彼は、問題解決能力に長けていた。具体的には物事の本質を見極め、理解し、適した答えを見つけ出すことが得意なのだ。その反面、丸暗記することが苦手で、いくら勉強してもテストの本番ではいくつか取りこぼしてしまう。本質を把握する脳が、枝葉末節の些細な部分を正確に捉えることを放棄しているのだ。それは徹底的に効率を重視する脳による無意識的な選別の結果だった。


 記憶力が並外れていて細かいところに気付くハヤトとは、そういう点でも対極に位置する能力の持ち主がリョウタなのである。ただ学校の勉強はハヤトのような能力の持ち主に有利なようにできているため、リョウタは自分が天才であることに気付けないのだ。


「くだらねーこと言ってねーで修行を続けるぞ」


「リョウタが話し始めたんじゃないか」


 それ以後は言葉を発さずに日課をこなすリョウタだった。そんな二人の様子を眺めるユウヤは、目を細めて口角を上げる。


「なに笑ってるんだ、ユウヤ」


「ん? 順調だなって思ってね」


 ユウヤの表情に目ざとく気付いたタクミに軽く笑いかけ、今後の展望を考え始める。


 そこへ、ヤスナリが血相を変えて駆け込んできた。


「緊急事態だ。全員作業をやめて注目!」


 息を上げながら、地図をメンバーに見せた。そこに魔法をかけて現地の様子を映す。


「……ああ、選ばれなかったか」


 ユウヤが心底残念そうに呟くのを耳にしたハヤトは、全身の毛が逆立つような感覚に襲われながら映像を食い入るように見つめる。初めて見るハヅキは一瞬きょとんとした表情をするが、少しして声を上げた。


「……マナ!」


 そこに映し出された人物は、ハヅキのよく知る顔だった。ハヤトは自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。彼等の言う『選ばれる』とは魔法の力に目覚め、更に制御ができるようになることだ。魔法の力に目覚めただけでは選ばれたことにはならず、選ばれなかった者は以前のミサキのように魔力の制御ができずに自滅してしまう。


 画面に映し出された少女は、ミサキのような異形の怪物にはなっていなかった。だが、両手に黄色く光る剣を持ち、闇雲に周りの物を斬りつけている。明らかに正気を失った状態だ。何とも不味いことに、太陽の下で魔力の剣を振るって攻撃を繰り返している。唯一の救いは、その対象が人間ではないことぐらいか。


樫井田かしいだ真奈まな、一年生の女子だな。成績は赤点ギリギリ、授業態度もあまり良くない」


 髪を茶色に染め、化粧も濃いマナはいわゆる『ギャル』と呼ばれるタイプの女子に見える。彼女は先日ハヅキと約束をして遊んだ友人の一人であった。


「止めなきゃ!」


 駆けだそうとするハヅキの前に、リョウタが立ち塞がった。


「邪魔するなし!」


「落ち着けよ。剣を振り回す相手に不用意に近づいたらこっちがやられるぞ。優等生達の作戦を聞いていけ」


 リョウタがそう言って生徒会役員達に目を向ける。それにつられてハヅキも顔を向けた。その様子を見ていたハヤトは、リョウタの態度に違和感を覚える。言っていることは何もおかしくないのだが、なぜだか「前とは違う」と感じたのだ。


「いいね、リョウタもだいぶ僕達のことを信用してくれるようになったみたいだ」


 ユウヤの言葉に、ハヤトは違和感の理由を理解した。そうだ、ユカの時も、ミサキの時も、リョウタは常に単独行動をしていた。口から発せられる「優等生」という言葉にも以前は刺々しい憎悪の感情が込められていたが、今はそうではない。彼は仲間を頼りにすることを覚えたのだ。どういう心変わりがあったのかは分からないが。


「よし、彼女は選ばれなかったので〝選民ペキュリアーピープル〟にはなれないが、今ならまだ命を救うことは可能だろう」


 ユウヤに促されたヤスナリが、眼鏡を直しながら言った。ハヤトにとってこの言葉はあまりにも意外で、まるで神の福音のように感じられた。ここにきて初めて救いを見出せたような気がする。もしやヤスナリは人の姿をした天使なのではないだろうか。そんなよく分からないことを考えてしまうほどに、暴走した子の命を救える可能性があるということが嬉しかったのだ。

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