新しい魔法

 午後になり、ハヤトは早速自分の思いつきを試してみようと思っていた。自分の属性が風で、ハヅキのようにイメージした通りに風を起こせるのだとしたら。ミドリの説明ではハヤトは魔女であり、ここにいる他の者達は悪魔であるので魔法の使い方にも違いがあるのだと思っていたし、実際にそんな風にミドリやミウから言われた覚えもあるのだが、どうにも思いついたことは試してみないと気が済まない。


「じゃあ、ハヤトはリョウタとペアを組んでね。ハヤトは初めてだから、リョウタがリードしてやりなよ」


 〝選民ペキュリアーピープル〟の集まる修行の場――と言っても生徒会室の奥の部屋だが――で、最初にユウヤが笑顔で告げたのは因縁浅からぬ新役員二人を組ませるという宣言だった。もちろん当事者達は不満であるので、リョウタだけでなくハヤトまでも声を合わせて「えぇっ!?」と抗議の意思表示をした。


「君達はずっと目も合わせないだろう? これから同じ生徒会の仲間になるんだから、この機会に仲直りしときなよ。お互い相手のことは嫌いじゃないんだろ」


 抗議の声も意に介さず、同じ調子で話を続ける生徒会長である。彼が口にした最後の言葉を聞いて、ハヤトは内心かなり驚いていた。リョウタは自分のことを嫌っていると思っていたからだ。同時にリョウタもバツの悪そうな顔をしつつ、ハヤトは自分のことを嫌悪していなかったのかと戸惑っている。ユウヤがこういうことで出鱈目を言う人間でないことは二人とも理解していた。彼がそう言うのなら、相手は自分のことを嫌ってはいないのだろうと、妙な安心感を覚えてしまう。ハヤトはともかく、リョウタは自分が安堵したことにすら戸惑いの気持ちが湧いていた。


「じゃあよろしくね、リョウタ。どんな感じで修行をしているのか教えてくれるかい?」


 リョウタが自分を嫌っていないというのなら、気兼ねする必要もない。自分はアリサを助けに行くためにも早く強くな必要があるのだ、そのために利用できるものは何でも利用しなくてはならない、とすぐに態度を変えてリョウタに話しかける。リョウタはそんな切り替えの早いハヤトにもまた戸惑いつつ、修行のやり方を説明し始めた。それでもまだ目を合わせるのに抵抗があり、視線をそらしながらだが。


「……さっき説明されただろ、お互いに攻撃以外の魔法を使うんだ。俺は剣を出す以外に治癒の魔法も使えるから、それをかけてやる」


 そう言ってハヤトに左手を向けると、その手のひらから青い光が放出された。かつて見た剣の力強い光とは打って変わって、穏やかさを感じさせる柔らかな光だった。特に怪我をしていないハヤトだが、その光を浴びると胸の奥がじんわりと温かくなるように感じる。


 何となく、リョウタはこのように人を癒す方が得意なのではないかとハヤトは思った。考えてみれば、彼はほとんど接点のないミサキの苦しみを理解し、代弁までしてみせた。クラスメイトのハヤトよりもずっと、というよりハヤトにはとても思い至らないような彼女の心情を見抜いていたのだ。ユカもリョウタの態度に救われていたと語っていた。このひねくれた言葉遣いの後輩は、本当はとても心優しい人物なのではないだろうか。


「同時にかけあうと上手くいかないから、交互にやるんだ。そっちは盾を出す以外に何かできるのか?」


「それなんだけど、ちょっと試してみたいことがあるんだ。攻撃にはならないから上手くいかなくても大丈夫だと思うんだけど」


 やっと思いつきを試す時が来た。ハヤトは自分が使いたい魔法をずっと考えてきた。ユカの強化魔法で自分の肉体も強化されたこと。試しに使ってみたバリアの魔法は守る範囲と強度が反比例し、ライト・シールド並の防御力を出そうとしたら、自分の身体からほんの一ミリ程度まで密着したバリアを貼らなければならないこと。この二点から、守りたい相手の周りにだけバリアを出すのが最適だと思っていた。だがバリアの魔法はミドリに言われた通りにやると自分を中心にしか展開できない。これでは使い道があまりにも少なく、結局実戦で使うことができなかった。


 だが、ハヅキが魔法を習得した様子を見て、魔法はもっと自由に変化させられるのではないかと考えた。魔法の発動に道具と動作、呪文が必要としても、その効果は自分のイメージで変えられるかもしれない。


 ハヤトはリョウタに向かって左拳を突き出し、彼の周りを膜状のバリアが覆う様子を強くイメージしながら呪文を唱えた。


「守れ!」


 呪文は盾と同じである。盾は右手を胸の前に持ってきて出すのに対し、バリアは左手を胸の前に持ってきて出す。使う手だけを変えればいい、非常に分かりやすい使い分けだ。だが今回はバリアを展開したい方向に左手を伸ばした。


 果たして、リョウタの身体を淡い蛍光色の魔力が覆った。ハヤトの試みは見事に成功したのだ。


「おおっ、いかにも守られてそうだね。リョウタはどんな感じだい?」


 ハヤトが見せた新しい魔法に、ユウヤが楽し気な声をかける。


「……よく分からないな」


 リョウタは自分を覆う柔らかな光を見ながら、首を振る。嘘だ。本当はとても心地良かった。久しく感じたことのない、誰かに守られている感覚。圧倒的な安心感が心の内から湧いてきて、だからこそこの感覚を否定せずにはいられなかった。


――俺は憎んでいるはずだろう? この、何でも手に入れてしまう天才のことを。

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