闇の探偵・沢木
@windrain
闇の探偵・沢木
「最善の結果を出すことを、約束するよ」
「本当によろしくお願いします」
重要参考人とされる男の母親は、『その男』に頭を下げた。
警察発表によると、事件の概要はこうだ。
ラーメン屋店主のKが、昨夜、閉店後の店舗内で刺殺されているのが発見された。発見したのは、忘れ物を取りに戻った、その店で働いている店主の甥だった。
周辺の聞き込みで、死亡推定時刻付近に店内に入っていく20代とみられる男が目撃されていた。この男は、近くのコンビニ店内に設置されている防犯カメラの映像で、市内に住む『武藤真一』と確認された。
警察はこの男を重要参考人として、その行方を追っている。
そして、その重要参考人・武藤真一の母親というのが、今『その男』の前で頭を下げた女性だ。
息子は今、実家から離れて一人暮らししているが、母親には息子が殺人を犯すなどとは信じられなかった。
息子がなぜ逃亡しているのかはわからないが、すぐに保護して、もし本当に殺害したのなら、説得して自首させなければならないとも考えていた。
それで知り合いをつてに、有能な探偵といわれる『その男』に依頼したのだった。
『その男』は、裏世界の一部では名の通った名探偵だった。だが、彼は探偵業法に定める都道府県公安委員会への届出を行っていない。
その意味では、確かに違法な『闇探偵』といえるだろう。しかし彼は『闇探偵』ではなく、『闇の探偵』と呼ばれているのだった。
「さてと」『その男』はつぶやいた。「それじゃあ、行ってみるか」
舞台は、事件当夜に遡る。
ラーメン店主Kは、一人で翌日の仕込みをしている。
店の入口の扉が開いて、一人の青年が入ってきた。
「すいません、武藤真一です」
青年が名乗ると、
「ああ、悪いね、こんな時間に」
店主はスープの入った大鍋の火を弱火にすると、テーブル席に座り、青年にも座るよう促した。
「あの、これ履歴書です。よろしくお願いします」
店主は青年から履歴書を受け取ると、目を通し始めた。
「あっ、ファミレスでバイトしてたの?じゃあ、接客は慣れたもんだね」
そのとき、今度は店の裏手の扉が開いて、男が入ってきた。
「創太?」店主は男の方を向いて言った。「どうした?忘れ物でもしたか?」
「うん、忘れ物」
創太と呼ばれた男の後ろから、もう一人の男が現れた。店主の知らない男だった。
「誰だい、その人は?」
店主の知らない男は、何も言わずに表の入口まで歩いて行くと、錠をかけた。それから戻って来ると、店主と武藤のいるテーブルに近づいた。
「犯人はお前たちだな?」
その場にいた全員が、驚いて裏手の方を見る。そこにはロングコート姿の30代に見える男が立っていた。
「お前、誰だ?どこから入ってきた?」
創太と呼ばれた男は、入ってきた後、確かに裏口の錠を閉めたはずだった。この見知らぬ男は、どこからも店に入ることはできなかったはず・・・。
「人は、俺を『闇の探偵』と呼ぶ」男は、少しけだるそうに言った。「またの名を『世界一有能な探偵』、そのほかにも『冥界から来た探偵』とか・・・」
「ふざけるな!」創太と呼ばれた男は怒鳴った。「犯人って何だ!?俺たちは何も・・・」
「まだ何もやっていない、か」
『闇の探偵』と名乗った男は、店主と武藤の座っているテーブルの近くに立っている男のところまで歩いて行くと、その男のポケットに手を突っ込み、折りたたみ式ナイフを取り出して言った。
「これからやろうとしていたところだろ?」
店主は訳がわからずに呆然としている。『闇の探偵』は、その店主に向かって、
「あんた、甥っ子の創太に隠していたラーメンのレシピを盗まれているんだよ」
「なんだと!」
店主が創太を見ると、こわばった表情で探偵を見ている。
「甥っ子は、それであんたを殺して店を乗っ取ろうとしてるんだよ。そしてあんたは」と武藤を指差し、
「拘束されて、そいつに」
と、今度はナイフを持っていた男を指差し、
「あーこいつの名前は忘れたが、甥っ子の仲間だな。こいつに、裏手に停めてある車に乗せられ、崖に連れて行かれてそこから落とされる。店主殺しの汚名を着せられてな」
「ふざけるな!」創太が叫ぶ。「何を証拠に!」
「証拠とか言ってる時点で、自白してるようなもんだ」
『闇の探偵』は平然と続ける。
「俺はあんまり推理はしない主義だが、武藤君が強盗目的で店内に入ったなら、人目につかないようにもっと気をつけるはずだ。それに、ここに来るまでの間に近くのコンビニの防犯カメラに映っていたが、帰りはなぜか映っていない。それはつまり、帰っていないということだ。警察は逃走したとみて行方を追うが、都会と違ってこの辺は防犯カメラがほとんどない。行方を追うのは容易ではないさ」
「あんた、何を言ってるんだ?」店主が探偵に問いかける。「武藤君は、アルバイトの面接を受けに来たんであって、強盗なんかしていないぞ」
「だから」探偵は語気を強める。「この甥っ子の仲間であるこいつがあんたを刺し殺して、武藤君を連れ去って、崖から落とす。甥っ子は事件を強盗殺人に見せかけるため、あらかじめレジの金を仲間に渡した後、死体の第一発見者を装って警察に通報する。それで武藤君の死体と金が崖下から発見されれば、武藤君による強盗殺人ということになって、事実上店を乗っ取れる。おやっさんのラーメンを再現できるのは、甥っ子だけだからな」
「・・・そういう計画だってことか?」
店主が甥の創太に尋ねるが、創太は顔面蒼白になっていて、何も答えない。
「起こってもいない事件を、事前に推理したっていうのか?」
創太の仲間が探偵に尋ねる。
「いや、俺は見てきたんだ。未来へ行って、お前たちがしたことをな」
「ふざけたことを」
創太の仲間は、別のポケットからもう一つのナイフを取り出すと、いきなり探偵の胸に突き刺した。
だが、ナイフは探偵の体をすり抜けてしまった。呆然と立ち尽くす男。
「俺の異名は、まだある」探偵は言う。「『冥府魔道(めいふまどう)に堕ちた男』、そして『愛のためにバケモノになった男』、まだまだあるんだが・・・それより武藤君、警察に電話を頼む。こいつは反社の人間で、前科があるから傷害未遂で捕まえられるぞ」
「あっ、はい」
反社の男は、今度は武藤に向かってナイフを振りかざすが、探偵に腕を捕まえられる。「相手なら、俺がいくらでもするぞ」
だが、何度探偵にナイフを突き刺そうとしても、空を切ってしまう。
「・・・バケモノ・・・」
やがて警察が到着したが、そのときには探偵は忽然と姿を消してしまっていた。
「割が合わねえよなあ」『闇の探偵』はボヤく。「いつも手付金しか貰えねえんだもんなあ。殺人事件をなかったことにして、死人を生き返らせてやって、容疑者の嫌疑もなかったことにしてやってるのになあ。まあそれで、依頼された案件も消滅してしまうからなあ」
依頼がなかったことになってしまう。だから成功報酬はもらえない。タイムパラドックスだ。
でも、しょうがないなあ。あそこのラーメン、美味かったからなあ。死なれると俺も困るし。
それにしても、と探偵は考える。ただの人間が、殺されて成仏できずに、神のような能力を持つバケモノになってしまうとは。
それは、彼の元カノだった。ひき逃げされた彼女は、復讐のために冥府魔道に堕ちたと言った。
だが疲れ果て、成仏したくなった彼女は、彼にその力を移して天上世界に旅立った。
彼もまた、死んだ人間だった。だからこそ、彼女の後継を引き受けた。そうすることで、彼女を成仏させるために。
そして彼も、彼の代わりになる者が現れなければ、成仏することができない。
彼は生まれてから今までの、いつの時代にも行ける。戦争や災害規模の被害はどうすることもできないが、一人二人の人間ならば、彼が過去を変えることによって救うことができる。
しかしどう考えてもこんな力、神に与えられたとしか考えられないのだが、神は姿を現さない。
彼の名は『沢木憂士(さわき ゆうし)』。人は彼のことを、『闇の探偵』と呼ぶ。
(終わり)
闇の探偵・沢木 @windrain
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます