第3話 終末の夜
それから色々話をして、資料として爺さんの撮った映像を提供した。ランタン祭りのサイトで公開したらたくさんの感想をもらえて、自分も映像があるぞというお便りがあった。それで広く募集したら、思いの外多くの映像が集まって、サイトがどんどん賑やかになっていく。そしてまた、それぞれの映像ついてずいぶん多くの感想が送られ、なんとなくモニタの向こうからランタン祭りへの期待と手応えを感じていった。
「たくさん増えそうですね、参加者」
「ええ。とても楽しみです」
寺島さんのこの微笑みは、なんだか心が温かくなる。
ランタンの追加を工場に依頼した。以前のランタン祭りではランタンは白無地のボックス型というのが定形だったけど、ランタンに絵がかけてもいいんじゃないかとか好きな形にしてはどうだ、今は3Dプリンタというものがあるのだしという話があり、事前に特殊ランタンの注文を受け付けたらなんと一万通ほどの申し込みがあって驚き、さらにランタンの注文を増やした。
俺は細々としたものが好きで、パズルとかゲームのデザインの仕事をしていたから、オリジナリティあふれる注文に触発されて、新しいデザインをいくつか考えて募集を追加した。自分のデザインしたランタンにも注文が殺到した。
仕事でマーケティングはするもののプロダクトデザイン自体は一人か多くても何人かで細々とやっていたから、こういう直接の意見が聞けて輪がどんどん広がっていく感じはとても新鮮で楽しかった。
それでこういった楽しみが広がるといいなと思って制作デザイン自体も募集してみることになり、サイトはますます賑わった。
そうやってパタパタ過ごしていると気がついたら最後の日、ランタン祭りの当日だった。結局のところ、終末の過ごし方としてこれでよかったのかはよくわからない。
「私らはもう歳だからねぇ。最後にランタン祭りが見れて良かったよ」
モニタ越しに申し訳なさそうに呟く。
「私ももっとやりたい企画があったのにできなくて残念です。金子さんはやりたかったことはありますか?」
「俺は……そうだな。でももう、おしまいだ」
「なんだか変な感じです。私が職員になってから、ランタン祭りの企画は一番やりたかった企画だけど、終末が来なければおそらく実施できなかったでしょう。だからよくわかりません」
確かに俺も終末が来なければ、このボランティアには参加することもなかっただろう。爺さんの映像を改めて見ることもなかった。
結局のところ物事というのは色々なものがぶつかって動いていくもので、ランタン祭り自体には俺は結構満足している。終末であること自体については……この十四日の間になんとなくぼんやり考えたことけれどもわからなかった。したいことも特にはなかったから。
十八時。
海岸に向かう。そこにはたくさんの人がわいわいとざわめいて、小型浮遊AIから各自が予約したランタンを受け取っている。もちろん予約なしの当日配布のコーナーも賑わっていた。こんなに人が溢れているのを見るのは初めてかも知れない。
空はもうほとんど深い藍色で、水平線のスレスレだけわずかにオレンジ色味を帯びていた。なんとなく、世界の終わりにふさわしいような、それを納得させるようなような色をしている。それをどう評価していいのかはわからないけれども、たしかに自分はこの世界に生きていた、そんなことを感じた。
気の早い人はもうランタンに火をつけて、いくつかがふわりふわりと暗い空に舞い上がり始めた。
「はじめまして。あなたが金子さんですね?」
後ろから声がかかって振り返ると、モニタで見たのと同じ女性がいた。それから瀬川さん夫婦も。
「はじめまして。あなたが寺島さんですね」
「そうです。おかげさまでこんなに素敵なランタン祭りになりました。ありがとうございます」
寺島さんにつられて空を見上げると、様々な形で様々な色のランタンが次々と空に上がっていく。今日は雲がほとんどなくて、上空にはキラキラと星が瞬いていた。
「俺も祖父の夢が叶えられて嬉しいです」
「今日は注文数だけでも過去のどのランタン祭りの参加者数も超えています。きっとおじいさまもお喜びになられていますよ」
「そうだといいんですが。寺島さんはもう上げました?」
「いいえ、一緒に上げませんか」
寺島さんは手に持った二つのランタンのうち一つを俺に渡す。俺がデザインした立体的な星の形をしたランタン。ロウソクを灯してランタンの中に入れると、薄い紙の中で巻き起こった上昇気流でそれはふわりともちあがり、手を空に引っ張った。
「金子さん、もう少し沖へ行って飛ばしませんか」
「いいですよ」
気がつけば、たくさんの人のざわめきはいつの間にか少しずつ小さくなり、波がざざんと寄せ返す音が響いているのに気がついた。少し震える手をつないで、反対の手にそれぞれ灯りのついたランタンを持って海に足を踏み入れる。
「冷たいッ……ちょっとびっくりしました」
「大丈夫ですか? 俺も靴がびしょびしょで歩きにくい。脱いだらよかったかな」
「でももう時間がありません」
ざぶざぶとかき分けるように重い水の中を進む。太ももの真ん中くらいまで水に浸かるころにはなんとなくその冷たさにも慣れてきて、妙なぬるさとともに海を近く感じた。ゆるやかな波の振動に俺と世界が繋がっている気がした。手に持ったランタンの淡いオレンジが近くなった波間をふらふらと明るくてらして、それが反射する寺島さんの顔もなんだか奇麗だった。繋いだ手が温かい。
「寺島さん、楽しかったです……嫌だ」
「金子さん……?」
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ何で! 何で! これで終わりだなんて!」
俺の中から迸るふつふつとした何かにのせて思わず叫んでいた。気がつけば涙が流れていた。寺島さんはいつもと違って少し緊張して、けれども微笑んでいた。
これで本当に最後だ。
「こんな時にこんなことを言うのもなんですが!」
「はい」
「寺島さんに恋をしました!」
「私もです」
もう背後からは何も聞こえず、世界には波の音だけが満ちている。忙しく初めてで最後のキスをして一緒に空を見上げて手を離すと、ゆらゆらと俺と寺島さんのランタンがゆっくりと寄り添いながら登っていった。見上げた先にあるあの無数の星の瞬きに向かうたくさんのランタンの流れを目指して。
Fin
終末日和 〜ユフの方舟 Tempp @ぷかぷか @Tempp
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