第2話 終末の予定

 俺も結局、いい豆を買って美味いコーヒーを飲むくらいで、わざわざアフリカまで行って現地でコーヒーを飲もうとも思わない。

 この一週間目に見えた混乱は起こっていない。総人口の三分の一が十四日くらい不自由なく暮らせる程度の備蓄はこの国にはある。期限が決まっているものだから、買い占めても仕方がない。平穏に暮らしたいのに争いなんかしたくない。ほそぼそと日常は再開され、俺のマンションの窓から見える公園に何組もの親子連れのが歩いていた。


 ゆっくりとコーヒーを飲みながらテレビを眺めていると、様々なお祭りの情報が流れている。終末は楽しく過ごしたい。結局そう考える。新製品の体験会祭りなんかもよく企画されている。世間にまだ出ていなかったけど、頑張って開発した自社製品を使ってもらいたい、そんな企画。

『とても美味しいかったです。これまでになく飛び切り!』

『そう言って頂けて嬉しいです。僕の一生が報いられました』

 このコーヒーメーカーもそんな企画でもらってきた。

 そう、結局は最後をどう過ごすかなんだ。中途半端な時間でそう考える。

 俺は好きな仕事をしていたけれど、十四日で成果が出るような性質のものではなかった。中途半端に完成しないよりは、好きなことをしたほうがいいかな。そう思って七日前に仕事をやめて、それから近所の公園や美術館をぷらぷら歩いた。既に管理を放棄された美術館は入り放題だ。高価な絵は何枚か持ち去られたようだけど、普段倉庫にしまわれている貴重な絵や珍しい絵がキュレーターの手によってたくさん持ち出されて、壁いっぱいに展示されている。


 とはいえ俺は趣味もなくて家族もいなかったから仕事のない生活は誰とも顔を合わさない味気がなくて少し寂しいものだった。なんとなくこんな最後でいいのかな、とよくわからない気持ちになったから、なにかすることを探すことにした。

 サークル活動が流行っている。怪しげなものもあるけれども、色々見ている間にイベントボランティアの募集を見つけた。これは市が主催のものだから怪しいものではないだろうと思って。

『一緒にランタン祭りを盛り上げませんか』

 それは丁度昨日アップされたばかりの情報だった。

 この街は何十年か前までランタン祭りで有名だった。

 ランタン祭りというのは、お盆の先祖供養のお祭りだ。火をつけた蝋燭に紙でできた覆いを被せて空に飛ばすお祭りだ。ふわふわと浮いていくオレンジ色に染まったランタンが、山から吹き下ろす風に乗って空いっぱいに広がって、海の向こうに飛んでいく。けれども飛んで行ったランタンはいずれ海に落ちるわけで、環境破壊だと言われて50年前くらいに廃止された。


 俺の爺さんは当時ランタン祭りを主催する委員の一人だったそうだ。

「ずいぶん廃止に反対したけど結局ダメだったんだよ、綺麗なのになぁ」

「僕も一回生で見てみたかった」

「映像なら結構残っているんだけどな」

 爺さんはそうしみじみと呟いて、膝の上に乗せた俺と一緒にランタン祭りのホログラムを眺めた。爺さんがドローンで撮った映像らしいのだけど、ふわふわとゆっくり上がっていくランタンがとても美しかった。上空から斜めに撮った映像ではランタンの光が暗い海面に反射してゆらゆらと揺れて、なんだかこの世のものではない秘密めいた不確かさにどきどきしたことを覚えている。

 それでなんとなく募集予告の端に表示されたIDをタッチすると、予想に反してAIではなく人の声が聞こえて驚いた。受付なんて真っ先にAIが人に代わった仕事なのに。

「この企画は私が立ち上げたので」

 モニタの向こうの寺島てらしまと名乗る女性はそうはにかんだ。ボランティアといっても仕事は簡単で、ようはアイデア出しだ。どんなことをすれば盛り上がるか、そんなことを協議する。なんとなく面白そうで、参加することにした。


 ボランティア参加者はその寺島さんと俺と七十代の瀬川せがわさん夫婦だけ。

「私は結婚してこの街に来た時に最後の一回を見たことがあるのだけど、とても綺麗だったわ」

「そうそう、わしらの思い出なんだ」

「私は見たことはないのですが、市の皆さんからとても美しかったという話は聞いています。映像でも見たけれども実際に見てみたくなって。当時の資料を調べているととても美しいお祭りと評判だったようですね」

 寺島さんは言葉を切って、遠くを眺めるように呟く。

金子かねこ源次郎げんじろうさんという方がこの街の伝統だから残すべきとおっしゃってて、GPSをつけて機器に回収させれば問題ないと詳細な実施計画付きで随分提案をされていたようなのですが、当時は反対派の環境団体の意見が強くて予算づけが難しかったようです」

「ああ、それ俺の爺さんです。駄目だったとしか聞いてなかったけどちゃんと活動してたんですね」

「えっそうなんですね。今から見ても十分納得できる資料で、どうして通らなかったんだろうと思うくらいです」

 寺島さんは残念そうに首を傾けた。

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