第74話


「やだやだああー! ファムはね、読書よりもお絵描きがしたいのっ! ぷくーっ!」


「おいおい……」


 俺の膝の上に乗った人型ゴーレムのファムが、涙ぐみながら色鉛筆(ピンク)をがっしりと抱きしめて放そうとしない。


 この通り、我儘に育ちすぎたかもしれないが、今じゃすっかり俺たちの生活に溶け込んでいる。


 まだまだ、30センチくらいの小さな体ではあるが、これでも大きくなったほうなんだ。以前は20センチにも満たないくらいだったからな。


 目の前のことで精一杯な彼女は知る由もないだろうが、呪われた森での決闘が終わってからというもの、実に色んなことが起きた。


『神々の申し子』パーティーがギルドによって全会一致で解散させられ、監獄に収監されたということを受付嬢のイリスから聞かされたとき、俺は胸がすく思いだった一方、元仲間たちがここまで落ちぶれてしまったってことで複雑な心境にもなった。


 それから一年ほど経ち、反省の意が大いにあるってことでシェリーとエミルだけ釈放されたんだとか。二人はすぐにこの町を離れたらしいが、詳しい行き先はわかってない。別に知りたいとも思わないけど。


 ちなみに元リーダーのバルドは、今でも世の中に対して呪いの言葉を呟いたり、囚人仲間や看守に噛みついたりする等、極めて危険な人物ということで、監獄の奥深くに閉じ込められているんだとか。これじゃ先が思いやられるな。


 お、ユリムが俺たちのいるリビングへとやって来た。彼女は子供の世話が得意だとかで、これは心強い。


「こらこら、ファム。パパの言うことを聞かないと、これはあげませんからね?」


「あっ……ユリムママ、何それ、超かわいー!」


 ユリムが持ってきた人形用の小さなドレスを前に、瞳を輝かせて鉛筆を落とすファム。これ、細かいところまでよく作ってあるなあ。


 彼女は片手剣使いで手先が器用ってことで、ファム専用の服を編むのも得意だからとこうして定期的に新調してくれるんだ。


 ファムはどんどん体が大きくなってきてるし、女の子だからか見た目にもうるさいしで大変な作業だと思うが、それに応えるユリムの技術とスピードに感心しきりだった。


「――ふわあ、みんなおはよー」


 ん、ようやくカレンが起きてきたみたいだ。


「……って、ちょっとファムったら、またユリムの作った服を着てるの? あたしの作った服だってあるんだから、たまには着てよね!」


「ヤダ。カレンママが作った服、ダサいもんっ……」


「うっ……」


 カレンもたまに協力してくれてるんだが、簡易な造りのワンピースばかりなせいかファムには不評で、ダメだしばかり食らっていた。


「おーい、食わず嫌いはダメだぞー、ファム。朝飯抜きにしちゃうからねえ」


 フライパンと一緒にやってきたのはルエスで、目玉焼きが跳ねるように躍っていた。


「あ、、ご飯食べるからファム、それ着る! いつ汚れてもいいし!」


「ちょっ……! 何よそれ、あたしの服はナプキンじゃないわよ!?」


「ははっ……」


 俺はみんなのやり取りを前にして思わず笑みが零れてしまう。こんな具合で、今日も自分たち『聖域の守護者』パーティーの宿舎は大賑わいだった。


 そういや、ファムの姉は失踪してから一切、目撃すらされてないっぽいんだよな。冒険者ギルドのほうでも情報を募ってるんだが、なんら知らせは届いてなかった。


 いつかは戦わなきゃいけないときがくると思うと複雑だが、避けられない運命であることだけは直感でわかる。


 そのときは、ファムの力が必要になるだろうということも。


「「「「「――ご馳走様!」」」」」


 みんなでテーブルを囲み、朝飯を食べ終わったあとのことだった。


 誰かが訪ねてきたらしくてベルが鳴ったので、足早に玄関へと行くことに。こういった雑用は今でも俺の役目なんだ。初心忘るべからずだからな。


「やあ、ラウル、久々だな」


「あれ、あんたは……?」


 ドアを開けると、そこにはよく知ってるはずなのに、全然見覚えのない人物が立っていた。全身黒尽くめの格好をした、なんとも大人っぽい長身の美女を前にして、俺は途轍もなく不思議な感覚に包まれる。会ったことがあるはずなのに正体がまったくわからないんだ。この人、誰だっけ……?

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