第67話
「……バ、バカ、な……」
頼みの武器を落としてしまった挙句、ルエスによって盾を頭部にあてがわれたバルド。その放心した顔に、濁った雨粒がとめどなく滴り落ちる。
「さあ、バルド君、どうする? このまま降参して戦いを終わらせたほうが身のためだと思うけど……?」
「……ぐぬぅ……ま、ま、参った――を言うのは貴様だあぁっ、此畜生めがあぁぁっ……!」
「おっと」
バルドが濡れた地面を蹴って泥を巻き上げるも、想定していたかのように盾で防いでみせるルエス。
「相変わらず卑劣なやり方しかできないんだね」
「……う、う、うるさい、黙れっ、まだ、まだだっ……。勝負はまだ、終わってなどいないいぃぃっ……!」
その間、泥まみれの剣を拾い上げるとともにフラフラと後退するバルドだったが、泥濘に足を取られて転びそうになる。
「バルド……もう歩くのもやっとじゃないか。そんな満身創痍の状態でまだやろうっていうのかい?」
「……はぁ、はぁ……だ、黙れえぇぇっ……! はぁ、はぁあっ……。た、盾使いなんかに……雑魚の貴様如きに負けるなどありえんし……そ、そんなことがあっててたまるか……。ま、負けを認めなければ、断じて負けではないっ……!」
「はあ……。それじゃ、仕方ない。こうなったらとことん痛めつけて戦闘不能にするしかなさそうだね」
「ぬっ、ぬぐぐううぅっ……!」
雨の勢いがさらに激しさを増す中、ルエスのシールドプレスによってバルドが一方的に押される形になるが、その泥まみれの顔に諦めの色は微塵もなかった。
「――はっ……!」
ふと何かを感じ取ったのか、足を止めるルエス。
「「……はぁ、はぁ……」」
しばらく二人の荒い息遣いが重なり合う中、ルエスが目だけを動かして相手の足元をちらっと見やる。
バルドはいつの間にか股を大きく開いており、そのすぐ後方には不自然に藁が敷いてあるのが見て取れるのだった。
「……なるほどね。急に大人しくなったからおかしいと思ったら、落とし穴まで誘導してたってわけか。どこまで卑劣な男なんだ……」
「……クソが。黙れ。勝てばいいのだよ、勝てばっ……。この僕が、雑魚の盾使いなんかに負けるわけにはいかないのだから……」
「はあ……。君は盾使いをやたらとバカにするけど、その思い込みは一体どこから来るんだい?」
「黙れ黙れ黙れぇっ……! こんの、雑魚の盾使いめがああああっ……!」
最後の力を振り絞ったかのように、叫びながら高々と両手剣を振り上げてみせるバルド。
「無駄だっ!」
すかさずルエスが攻撃を受け止めようと盾を掲げるが、バルドは不気味な笑みを浮かべるのみで剣を振り下ろす気配はまったくなかった。
「クククッ……かかったなぁ、ルエス……」
「な、何――がっ……!?」
ルエスの体が大きく傾くとともに、その目が見開かれる。彼の右膝には、どこからともなく放たれた一本の矢が深々と突き刺さっていたのだった。
「よぉし、計画通りっ。よくやったぞ! チャンスだっ……!」
ここぞとばかり、バルドが目をギラつかせてルエスを追い込んでいく。
「バ、バルドオォォッ……妨害要員まで用意するなんて、君ってやつはどこまで落ちぶれたら気が済むんだ……!?」
「うるさい、口答えするなっ! 何度同じことを言わせる……? どんなに汚い手を使おうと、勝てばそれでいいのだよっ! 勝てば……勝ちさえすれば、全てが報われるのだっ……!」
まるで何かに魅入られたかのように、狂気の笑みを湛えたバルドが猛然とルエスを攻め立てる。
「――うぐっ……」
バルドの凄まじい猛攻をしのぎ切れず、両手が痺れたルエスは盾を落とすとともに膝をつく格好になった。
「今だっ、雑魚は雑魚らしく頭頂部から真っ二つにしてやる!」
「……ぐ、ぐぐっ……」
ルエスは盾を持ち上げようとするも、最早間に合いそうになかった。
「死ねええええええぇぇぇっ――うっ……!?」
バルドの両手剣が手元から離れ、その足元に突き刺さる。信じられない表情を浮かべる彼の右手には、いずこから投げられた短剣が突き刺さっていた。
「な、ななっ、なんだと……ぐごっ!?」
顔を仰け反らせるようにして仰向けに倒れるバルド。それを見下ろしていたのは、赤黒い盾の上に立って拳を突きあげたルエスだった。
「……やった……遂にやった……。僕たちは……勝ったんだ……」
「「「「「ワアアアアアァァァッ!」」」」」
呪われた森に、この日一番の大歓声が響き渡った。
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