第68話


「――はぁ、はぁ……」


「…………」


 ルエスがびしょ濡れになりながら帰ってきたわけだが、俺は準備していたはずの、『おめでとう』や『お疲れ様』という言葉がどうしても言えなかった。


 バルドとの死闘をこの目で見届けた直後だけに、感動の余り声が出せなくなったみたいだ。そうとしか考えられない。それはどうやらユリムとカレンも同じだったらしい。


 三人でルエスの労をねぎらうように接し、包帯等で膝の手当をするだけの無言の祝福。何も言わなくても通じ合えるとはこのことか。むしろ、こんな状況では祝いの言葉さえも陳腐に思えてくる。


 そのことは、呪われた森を包み込むこの異様な静けさこそが示していた。決闘が終わり、雨足が一層強くなって雷も鳴り始めているというのに、観客は誰一人声を上げなかったし、その場を離れようともしなかった。


「……怖かった……」


 ルエスはここに来てようやく安心したのか、表情が幾分柔らかくなるとともに声を絞り出した。


「もし、ラウル君を相手に渡すことになれば、僕は耐えられなかった。君がモンスター級だとかそんなのは関係ない。僕にとっての大切な仲間、家族だから、失いたくなかったんだ……」


「「「ルエス……」」」


 これには俺たちパーティーメンバーだけでなく、見守っていた王様も兵士らも、観衆も同様に感極まった様子で、目頭を押さえる人の姿もあった。


 そんな中、勝負の最中に妨害行為をしたとして、ロープで縛られたバルドたちが兵隊に引き摺られるようにして連れてこられる。


「み、みなさん、聞いてくださいなぁっ……! 私たちが負けたのは、ルエスたちによる陰謀があったからです……!」


「そうよ……。あんな連中に、あたしたちが負けるなんて、ありえない……。こんなのおかしい……。不正されたから……決闘をやり直すべき……」


「間違いない……。これは100%、やつらの陰謀だ。ちゃんと証拠もある……! かつて災害級モンスターを倒した僕たち『神々の申し子』が、よりにもよってこんな雑魚どもに負けるなど、絶対にあってはならんのだあぁっ……!」


「「「「「ザワッ……!」」」」」


 シェリー、エミル、バルドの言い分には心底辟易する。陰謀だって……? それをやられたのはむしろ俺たちのほうなだけに、今にも腸が煮えくり返りそうになる。本当に懲りない連中だ。


 これには群衆の怒りも大いに買ったのか、次々と罵声だけでなく石や木の枝が彼らに向かって放り投げられ始めた。


「何が陰謀よ!」


「そうだそうだ、卑劣なのはどう見てもてめえらのほうだろうが!」


「いい加減負けを認めろ!」


「恥を知れっ!」


「こいつら、もう死刑にしろよ!」


「くたばれっ!」


「「「「「殺しちまえっ!」」」」」


「「「ぎぎぃっ……!」」」


 鈍い音が立て続けに響くとともに、バルドたちが見る見る血まみれになっていく。正直あいつらにはいい薬だと思ったが、まずいな。正義の炎が燃え広がっていて、このままじゃ三人とも焼け死んでしまう。


「あ……」


 そろそろ火を消し止めなければいけない。そう思ったところで、ルエスが彼らを庇うようにして立ち、盾を構えた。


「みんな……怒る気持ちはよくわかるけど、それ以上攻撃するのはやめてほしい。彼らの態度がどんなに見苦しいと思っても、今回が最後だし話くらいは聞いてあげようじゃないか」


「「「「「……」」」」」


 ルエスの説得で納得したのか、観衆はすっかり落ち着きを取り戻したようだ。


 さて。バルドたちの口から、今度は一体どんなとんでもない言い訳が飛び出すのやら。期待感と不安感が絶妙なバランスで入り混じったなんとも複雑な心境だが、それに対応する準備はこっちも既にできている。


 バルド、シェリー、エミル……これから何を言おうとやり直しなんて絶対に許さない。お前たちの逃げ場はもう、どこにもありはしないぞ……。

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