第55話


「「「――ブツブツ……」」」


 冒険者ギルドの一角では、S級からA級に降格したばかりのバルドたちの恨み節が絶え間なく続き、誰もが一切寄り付かないほどに淀んだオーラを発していた。


「……ういー……ダメだ。納得できん……。僕たちがA級まで落ちたこともそうだが、『聖域の守護者』パーティーがSS級に上がったこと、それに加えてラウルが所属していることが何より腑に落ちん……。これほどまでにバカげたこと、納得できるわけがないだろう……!」


「……本当ですね、バルド。あのラウルめが、どうして……。それも、よりにもよって、ライバルパーティーにいるというのですか……おえっぷ……」


「……ひっく……あの汚物使いが……。本当に信じられない……」


 泣き顔でひたすら酒を飲み続ける三人。


 それからしばらくして、バルドの目の奥に怪しげな光が宿った。


「――クソッ……。どう考えても辿り着きたくない結論に行き着いてしまう。こうなりゃ、だ……」


「最後の手段……? バルド、今度は一体何をするつもりなのですか?」


「……何するの……?」


「できればこんなことはしたくなかったが……仕方ない。さあ耳を貸せ、シェリー、エミル」


「「――え……えええぇっ……!?」」


 耳打ちによってバルドから話を聞かされた途端、シェリーとエミルの目がこの上なく見開かれ、その表情には見る見る明るさが戻っていった。


「どうだ、お前たち。最後の手段というのに相応しい方法だろう」


「そ、そうですね。ある意味バルドらしくないやり方ですが、素晴らしい考えだと思います……」


「……うん。バルド凄い。もしこれが本当に上手くいったら、あたしたち……」


「「「大逆転っ……!」」」


 弾んだ声を揃えてみせる三人の顔に、最早憂いの色は微塵もなかった。




 ◆◆◆




「…………」


 あれからもう七日ほど経ったんだな……。


 まだほんの少し夜を引き摺っている明け方、俺はいつものように宿舎の個室の窓から町の景色を見下ろしているわけだが、以前の状態にかなり近付いていると感じた。


 それについては、俺もルエスらと一緒に『修繕魔法』や『圧縮魔法』等を使って手伝ったこともあり、変異種ゴーレムに蹂躙されてしまった町は、こうして短期間で見違えるように復興を遂げることができたんだ。


 ちなみに、変異種ゴーレムとの戦いに参加しなかったパーティーは全て降格ということだっが、今回復旧作業を手伝った場合は処分を取り消すようにという指示をギルドマスターが密かに出していたみたいで、殊勝にも手伝っていた『迷宮の番人』パーティーはそれをあとで知って大喜びだった。


 そんな様子を見たとき、俺たちも他人事とは思えないくらい喜び合ったが、最近良い噂を聞かない『神々の申し子』パーティーのバルドたちが最後まで現れなかったのは残念だ。あいつらとは確かに色々あったが、かつては同じパーティーメンバーだったわけだからな。


 そうだ。残念な出来事といえば、もう一つ思い出した。大鎌使いのクレスが目覚めたものの、また隠居するとかいって雲隠れしてしまったことだ。相変わらず一方的な男だが、いかにも神出鬼没なあいつらしい行動ともいえる。


「――ラウルさん、おはようです~……」


「ああ、ユリム、おはよう」


 まもなく片手剣使いのユリムが迎えにきて、俺は彼女と一緒にダイニングへ行くと、盾使いのルエスが片手でフライパンと格闘しながら『今日こそ完璧な卵焼きをラウル君に見せてやるよ!』と頼もしい言葉を放り投げてきた。


「ふわぁ、みんな、おはよぉ……」


 このあと少し遅れて、魔術使いのカレンが酷く眠そうな顔で起きてくるのがいつものパターンだ。


 そんな変わることのないほのぼのとした日常風景に俺はありがたさを感じつつ、とても気掛かりなことも二つあった。


 一つ目は、俺がレイブンから取ってイブと名付けた、あの変異種カラスが言っていたことだ。イブによると、最近同じ変異種の匂いを時々感じることがあるのだという。


 もしかすると、何度も立て続けに変異種が発生したことで、モンスターの生態系に変化が生じてほかの変異種も生まれやすくなってるのかもしれない。


 二つ目は、進化した変異種ゴーレムについてだ。匂いさえ残さないほど完全に消えたとはいえ、倒したわけでもないのにこのまま何事もなく終わるとは到底思えない。


 俺との戦いでかなり消耗したはずだし、おそらく冬眠という形で一時的に休息しているだけなんじゃないかな――


「――あれれ、ラウル君、食べないのかい?」


「あ……。ちょ、ちょっと考え事を。モグモグ……ゴクンッ。旨いっ」


「旨いだって……? わははっ、そりゃそうさっ! やっぱり僕の作る卵焼きは最高だね!」


「ルエス、自分で言っちゃいますか……」


「ルエスったら恥ずかしいわ。まったくもう」


「ははっ。でも本当にルエスの料理は旨いよ」


「わっはっは! 僕も料理の腕だけは、ラウル君と同じモンスター級だからね! そうだ。明日いよいよお城行きだねえ」


「あ、そういえばそうですね……」


「そうだったぁ。楽しみ!」


「ああ、そういや招待されてたんだったな」


 ルエスに言われて、俺は今ようやく思い出した。町もほぼ復興したってことで、明日の夜に俺たちを含む、変異種ゴーレムとの戦いで貢献した冒険者パーティーが王城に招待され、祝賀会が盛大に執り行われる予定なんだ。


 期待感のあるものといえば、ハンスから貰った卵もその一つだ。温めれば温めるほど優しく育つと聞いたので、あれから俺はずっと懐に入れて温め続けてるんだ。これがいつ孵化するのかも本当に楽しみだな……。

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