二、明けの洛都

 大陸の〈千将の将の乱国〉を別にして、〈豊葦原とよあしはら〉の四州諸島では、〈豊葦国とよあしこく〉の首都、〈明けの洛都〉こそが文明、文化の最高峰であるとは、我が藩国の御用学者ごようがくしゃらも認めるところである。

 国の北方を占める〈骨喰ほねばみ山地〉は豊かな水気を約束し、西に広がる肥沃な水稲地帯がその栄華と繁栄を裏打ちしている。南部〈内海〉に面した町には交易港が開かれ、東部に流れる雁川かりがわの流れを使って、大陸渡りの玉、絹、青磁、東国武将の螺鈿らでんの鎧、奥州霊山のましらきもや門外不出の発泡性の吟醸酒、蜜色の葡萄酒、はては遙か〈西域〉の瑠璃と黒曜石の死顔面や北海の巨鯨の真珠角など、ありとあらゆる贅沢品をせっせと洛都へ送っている。

 豊葦国まで船旅だった私は当初、川船に乗り換えるか、街道を北上し、すなおに洛都の正門〈羅生門らしょうもん〉から都入りする予定でいた。都は桜花祭はなまつりの真っ最中。門衛にも怪しまれなかろうと軽く構えていたが、大勢の花見客に混じる私を難なく見つけ出し、さりげなく腕を小突いてきたのが夜盗〈名無しの七嗣ななし〉であった。

 品物の買付けのため、私は藩の役人を通じて、洛都における案内人を見つけてもらっていた。名無しの七嗣という人を食った名前――もちろん偽名に相違ない――の男は、どこにでも溶けこめる職人風の黒半纏を引っかけ、くたびれてはいるがこざっぱりと洗いざらしの藍縞あいじまを尻ではしょった青年だった。

 私は若すぎると感じた。好奇心の強い野良猫めいた、黒くきらきらした両目に浮かぶ自惚れの光も気になった。けれど夜盗は、痩躯そうくながら柔軟な発条ばねを感じさせる足取りで私の前を歩き出すと、すぐさま進路を都南西の〈朱鬼門しゅきもん〉へと変えさせた。

「あの屑野菜売りと辻説法、それから女琵琶法師と左の衛士」

 羅生門の威容にちらりとも目をらず、若者はからかい口調で囁いた。

「すべて〈万金楽まぎら真蒔さねまき〉の手下さ。あんたはうまく近場の農民に化けたつもりでも、連中の目はごまかせない。俺にもそうだったように」

 祭を楽しもうと洛外から押し寄せる、手頃なカモを見定めているのだという。洛都を仕切る裏の大物の一人、香具師やしの大本締、万金楽の真蒔に目を付けられれば骨までしゃぶりつくされる、とは国の役人からも耳にしていた。

「今度の仕事に俺を選んだあんたは正しいよ。俺は一匹狼だが、〈風痍一党かざいいっとう〉に頼めば高くついたろうからな。〈風痍かざい飄衛ひょうえ〉も、万金楽とおっつかっつの面倒な相手さ」

 洛都の富者に安眠を許さない大盗賊、風痍一党に頼っていたら、私の資金は買付けの最初の試みで、はや底をついていただろう。でなければ何事もなく、達成感とともに帰路についていたか――法外な値をつけられた、偽物の品を掴まされて。

 役人の推挙もあったことだ。ひとまず私は七嗣を信用した。若者は、羅生門とは打って変わって人気のない門から私を都へ入れてくれた。自身のねぐらは明かさなかったが、獲物のことなら何でも聞けと請け負ってくれた。

 宿でゆったり荷ほどきしながら、私は夜盗にさっそく尋ねた。

 歌にも聞こえた洛都の桜――いずれの名桜ならば、誰にも気づかれぬ闇のうちに盗み出してこられるか、と。

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