魔王の記事を書かなきゃいけないのでインタビューに来ました

草森ゆき

もももの庭おつかれさまでした!

 歴史や記憶に正当性を求めているのか、難儀だな。

 ああ、いや、だから私のところに来たのだとはわかっている。見た目はお前と同年代に見えるだろうが、今はただの老爺だよ。

 それでもいいなら聞きなさい。伝記とやらを書くのに役立つかは、わからないがね。


 お前の言うとおり、あいつはいわゆる勇者というものだった。他にも数人いたらしい。私は魔族の長としてここにいるだけなんだが、ろくに統治するのは面倒でな。この地を出た魔族のその後まで、目をかけてやることなど到底ない。

 だからこその魔王討伐隊なのだ。確かに私が消えれば、魔族自体の脅威は下がる。ご覧の通り消えてはないけどね。

 脱線だったな。あいつの話か。

 あいつ、勇者は、ここに辿り着いた唯一の勇者だったな。仲間は道中で全滅したらしい。勇者自身も、襤褸布を纏ったみすぼらしい有様だったよ。

 私を殺すつもりだっただろう。私はちょうど城の外に出ていてな。襤褸布が倒れていたので連れ帰った。

 何故かって。

 私の敷地にいるだから、私がどうしようと勝手じゃないか?

 ……ああ、人間だとはわかっていたよ。情けをかけたわけでもない。

 何故討伐されなければいけないのか、聞いてみようと思ってな。


 襤褸布ははじめはまったく話さなかった。自由にすると剣を握るので、椅子に縛り付けたまま話を聞いた。

 何日も、何ヶ月も話し掛けたよ。そのうちに、何を思ったのか、少しずつ話し始めた。

 自分の息子の話だった。

 途中で立ち寄った村に置いてきたらしい。どうしているのか気になると言うから、配下に少し見に行かせた。息子は元気そうだったし、襤褸布から引き取ったらしい男女二人が、本当の両親のように育てていた。

 そう伝えたときの襤褸布か?

 泣いていたよ。良かったと、しきりに言った。そんなに嬉しいか私は聞いたが、襤褸布は


「ああ、本当に嬉しいよ。おれを覚えていたらどうしようかと思った、あの村でそのまま平穏に、何も知らないままでいてくれなければ困るんだ。なあおまえ、魔王、勇者の法律を知っているか? 勇者は勇敢でなければならない。勇者は寛大でなければならない。勇者は特別でなければならない。勇者は孤高でなければならない。勇者は平等でなければならない。勇者は、勇者は──勇者は、伝説でなければならない。これらをひとりの、たったひとりの人間が背負うんだ。背負いたがるんだ、おれもそうだった。でも無理なんだよ。半ばで死んだやつのほうが利口だしよっぽど勇敢だ。おれはここを目指して来たんじゃないよ、ここに逃げ込んできたんだよ。勇者は伝説でなければならない。伝説になるってことは、言い伝えられるってことは、途中でひん曲がってなにもかも脚色されるってことじゃないのか。寓意じゃないのか。すでにそうなってるんだよ。おれが討伐隊になろうと思ったのなんか金のためだし、魔族を斬るのが楽しかったからだけど、そんなことは誰も知らないふりをする。伝説のおれと実際のおれの剥離なんて小さな話でいずれ全部消えてなくなるし、なあ魔王、おれの子供は本当におれを覚えていなかったか? あれはおれの間違いだった。いつか買った女が孕んだと言って赤子を見せてさ、金をせびってきたから殺したんだよ。おまえたちのせいにして。それで、置いてきた。覚えてなかったんなら本当に良かった、良かったよ……」


 そう言って、また泣いていた。なんだか哀れでな、魔族でいればそのような些事に関わることはないもので。

 どいつが誰を殺そうが構わないこの地は、襤褸布にとっては過ごしやすいのではないかと思った。


 襤褸布は住み着いたよ。配下の魔族はいい顔をしなかったが、羽根を切り落とされて渋々認めた。あいつは本当に戦闘狂いの男だった。とはいえ切れば切られるのが道理でな、ある時には目を抉られ、ある時には片脚をもがれ、ある時には内臓を食われていたが怯えもせずに据わった目をして私のところに這いずり戻ってきた。完全に死なない限り、治癒は可能だ。私にしかできない術だから、それ故の長の位置なんだ。

 私が討伐されなければならない理由もこれだったと、襤褸布はいつだったか話した。人間には、治癒の術師がいるにはいるが、もげた片脚を生やすような術は誰もつかえなかったようだ。

 未知は、怖いらしい。私にはあまりわからないが、まあ、瀕死にしたはずの相手が全快して報復に来るのは、面倒かもしれないな。

 襤褸布の話に戻そうか。あいつはここに馴染んだし、他の魔族もいつの間にか認めていた。私も配下としてすぐそばに置いていたよ。何度も殺されかけたが、勇者として寝首をかこうとしたわけではなく、単純に私が最も強いと見て、急に斬りかかって来るだけだった。はは、楽しかったな。一度本当に殺されかけてな、血反吐を吐く私を見下ろしながらあいつは笑っていたよ。振った剣から私の血飛沫が飛んで──切り落とされた腕の上に落ちていた。危なかった。数秒、治癒が遅れていれば、死んでいた。

 あいつはあいつで嬉しそうだったよ。何も言わずに私の腕を拾い上げて、戦利品とでもいいたげに懐に突っ込んでいた。そのままくれてやった、あのあとどうしたのかは、知らないが。

 楽しかったが、そう長い期間の話ではない。あいつは人間だから短命だ。見る間に老いて、ろくに動けなくなった。そのうちに死んだよ。ちょうど、私が見舞ってやっている最中だった。

 ……最期の言葉? そんなものが知りたいのか、人間は。

 大したことは言っていない。あいつは私を見上げながら、斬る、とかぼそく言った。だから剣を持たせてやったが、強く握ったかと思えば手放して、そのまま二度と息をしなかった。

 悲しくなかったのか、と聞いたか? 何故そんなことを聞くのかわからないし、何故お前が泣きかけているのかもわからない。

 だが、そうだな、暇にはなった。ところ構わず襲いかかってくることも面白かったが、話をしていても面白かったからな。人間の生活を聞くと妙な話ばかりで、その頂点が勇者という職業の話ではあったが、死人を敬うような文化も面白かった。

 まあ、今は聞いたところで、あまり興味も出ないんだがな。

 私は老いたと言っただろう。不死ではないんだ、魔族の数ももうほんのわずかで、種族ごと朽ちる日を待つだけなのだ。

 飽きたんだ、色々と。あいつより面白いやつも、ついぞ見掛けることはなかったしな。


 襤褸布の名前?

 そんなものは、お前たち人間のほうが知っているだろう。

 あの暴れん坊の戦闘狂は私に名前を教えなかった。だから私も教えなかった。


 話は終わりだ。勇敢に脚色された、いい伝記が書けるといいな。





(ヘイムダル・タリウス氏(俗称「魔王」)との談話全文です。キル・ライドン氏(俗称「勇者」)の墓は存在しないようでした。確認お願いします。

 記者:シンディア・ライドン)

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