28話 宣戦布告②


(ん? 今ちゃんと話を聞いてなかった)


 突然のことで、ジオはまず耳を疑った。


「ジオ、お前が私に反抗するとはな」

「ゔぁ?」


 案の定、ゼフィールの視線がディアから自分の方へ移る。

 その真紅の赫眼の鋭さたるや、まるで百獣の王の前にりすになって正座しているような気分になる。


「成程、この国の最高支配者たる王が傲慢に残酷に振る舞うことが、お前は問題があると、そう言っているのだな? では聞くが、どれ程の者なら許される? お前か?」

「……! ……!」


 気迫負けして、否定したくても声が出ないジオに、ゼフィールは畳み掛ける。


「凡庸な器でありながら無法で強欲な男だ。夢幻は覚えているな? その者の根底にある恐怖を夢として体現させる魔術だ。私も暇ではないが、お前の無礼な振る舞いを見て気が変わった。これから1時間お前の為に割いてやろう」


 ゼフィールが夢幻をするつもりか、眼前に手を掲げた。

 もうあの仲間を手にかける悪夢を見たくない、と全身が拒否する。


「うあああああ! やめてくれぇぇぇ!」

「と、誓いがなければしていたところであったが、エクレアが優勝した今、私からお前達に手を下すこともなかろう」

「……へ?」

 

 顔を上げると、ゼフィールは手を下ろしていた。赫眼は光ってないし、魔術を使っている様子もない。どうやらフェイントをかけられたらしい。


(性格悪!!)


「誓いは守るのですね。臣下が厚かましく着いていくわけです」


 攻撃の意思がないと知ってか、ディアがまた堂々とする。


「勘違いをするな。神々や臣民に立てた誓いなど反故にして当然であるが、私は己に立てた誓いは守る」

「糞みたいな回答なのです」

「私から手を出すことはないという誓いだ。意味を違えるな。お前達が私の邪魔するのならば容赦はしない。精々触れぬようギルド活動に励むが良い」


 ゼフィールの言葉を、皆沈黙で聞く。

 しかし、ディアが釈然としない顔でまた口を開いた。


「ゼフィール王は何をしようとしているのですか?」

「お前達が知る必要はない」

「教えてくれないと、邪魔しないように動くも何もないじゃないですか。あと、私の夢の邪魔にならないか気になりますし」

「ほう、木箱、お前の望みとは?」

「世界征服です」

「ははははははは、お前が」

「む、人の本気の夢を笑うなんて、失礼な人なのです」


 ひとしきり笑った後、不貞腐れているディアの顎をゼフィールがくいっと持ち上げた。

 スッとアサヒが剣の柄に手をかけたので、ジオは慌てて制止した。


「アサヒ、せっかくゼフィールも気を納めようとしてるんだし、その必要は今はないんじゃないか? どうしたの?」

「なんとなく斬りたくなった」


 アサヒになんとなく斬られそうになったことも知らずに、ゼフィールとディアは呑気に見つめ合っている。


「美形の自慢ですか?」

「ふむ、やはり効かぬか。今お前へ精神に作用する魔術をかけているのだ」

「な!? 予告もなく何てことをするんですか!? 死んだらどうするんですか!?」

「結果的に生きているではないか。私の赫眼の魔力を、お前の赫眼が無効化しているといったところか。属性は、どのような魔術が使える?」

「その、赫眼が未熟で壊れてしまって、魔術どころか魔力も見えないんです」

「ははははは、お前は面白いことを言う」


 なにやら2人の間で話が弾んでいる。

 距離は近く、ゼフィールの手はディアの顎に添えたまま。

 赫眼持ち同士でなければできない貴重な情報交換の機会なのだろう。それにしても、ディアに怖がる様子がないためか、ゼフィールも肩の力を抜いて話しているように見える。


「なんだかゼフィールとディアちゃんって、赫眼同士だしお似合いだね」

「そんなわけあるか!!!」

「アサヒ今日変じゃない? どうしたの?」


 率直な感想を口にしたつもりが、アサヒに激しく否定される。

 ゼフィールといいアサヒといい、強者とは逆鱗が人とずれているものなのかもしれない。

 その後もアサヒは不機嫌そうに貧乏ゆすりをして2人を見つめていた。

 アサヒの貧乏ゆすりで部屋全体が揺れているのは、たぶん気のせいだろう。


「大体わかった」


 しばらくして、ゼフィールがディアから離れる。


「何がわかったのですか?」

「お前自身のことだ。私がこの場で言うことでもなかろう。しかし、滑稽だな。お前も自分の正体もわからずに生きているということか」

「……そんな、こと……」


 ゼフィールは押し黙るディアを一笑し、次いでジオへ言う。


「ジオ、私はお前のその魔物化の正体を知っている。間もなく信仰領の遠征が始まる。知りたければ、戦場にいる私を尋ねるがよい。だが、それ相応の対価は覚悟してもらう」

「誰が行くもんか」


 とてもではないが、ゼフィールの元へ行く気にはならない。

 対価についてもそうではあるが、魔物化の真相を知るのが、正直まだ怖い。


「それではアサヒ、

「……まぁ、そうだな」


 最後にゼフィールは意味深にアサヒに言い、「では」と魔術で姿を消した。


「……ディアちゃんの不法入国の件は?」


 しんと静まりかえった部屋に、ジオの驚いた声だけが響いた。


 目の前に赫眼を持つ者が突然現れたのなら、出身不明の者であることは想像がつく。

 もし実力領の人間で赫眼を持つ子供が生まれたならば、国中が大騒ぎになっていたはずなのだから。

 しかし、ゼフィールはその件について一切追及しなかった。


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