29話 打ち上げ


 その日、エクレアではギルド戦優勝の打ち上げとして、身内だけの祝宴が行われた。

 ジオはアサヒとディアで開発した『闇ビール』なる黒い酒を手に、泡が収まるのを待っていた。


「……」

「それそのまま飲んでいいんだぞ」

「あ、そうなの?」


 酒を替えたアサヒが苦笑しながら席へ戻っていく。

 とりあえず言われた通り泡ごと喉に流し入れる。そして、全て飲み干した。


「え、うま!? うっまーーー! 何だこれ!? 舌と喉が喜んでる!? 泡がまろやかで絶妙な渋みもまた美味い! 何でできてるんだ!?」

「原材料は企業秘密らしいでござる。しかし、この匂いに含まれているのは紛うことなき瘴……否、宴の席に水を差すものではないでござるな」

「ん?」


 通りすがりの豚、ベヒーモスが意味深なことを囁いて、果物の山へと去っていった。


「?」

「エクレアの諸君、食べてるかい? 王族から差し入れだよー!」


 にこやかに言い、フォールが続々と豪華な食事の並んだワゴンを押してくる。

 末弟であるゼフィールを騙した件など、気にも留めていない様子だ。


「見たことない料理がいっぱいだ。というか、フォール殿下はここにいて良いのですか?」

「僕と君達の仲じゃないの。それより食べて食べて。三男ルーザの創作料理だよ」

「へぇ、ルーザ殿下は料理が得意なんですね。これを前面に出せば結婚相手の一人や二人できそうなのに」

「差し当たり体の相性を確かめようとするのがルーザなのさ。それでは僕は空いた皿を片付けてくるので」

「ちょ!? フォール殿下にそのような雑用させられません!」

「今日の主役は君達でしょ。僕に任せなさい」


 ウィンクをして、フォールがキッチンの方へ空いた皿を乗せたワゴンを押していく。

 入れ替わりに、エイトが千鳥足、両手に闇ビールといった如何にも酔っ払いな格好で寄ってきた。


「ジオ先輩がふらふら揺れてる。酔ってんの? ふはっ、だっせぇ」

「だっせぇのはエイト、お・ま・え・な」

「ふーん? ねね、ジオ先輩、この酒なんでか冷たいじゃん? 地下の製造部屋に探検に行ってみね?」

「地下にはしばらく行くなとアサヒに言われただろ」

「さすが先輩そうこなくちゃさぁ行こうぜ!」

「話を聞け!」


 半ば強引に地下の製造部屋へと連れて行かれた。自分の中で勝手に決めたことは勝手だが絶対。

 エイトとはそういう男である。


 その道中。


「それで? ジオ先輩、アジュ先輩とデートできたの?」

「それができてないんだよ……」

「なんで?」

「あれからどうもアジュに避けられていてね。目が合えば逃げるし、話しかけられるのもかなり遠くから。しかも要件だけ伝えて即逃げていくんだ」

「うけるね。うさぎみたい」

「うけるものかよ。こんな状態でデートなんてできないだろ? どうしたものか……」


 落胆のあまり、大きなため息が出ていく。

 本当は女子受けのいいレストランで食事をして、陽気な彼女によく似合うワンピースを買って着せて、散策がてら見晴らしの良い風景を一緒に見ようと思っていた。

 しかし、今やデートどころか、声をかけることさえままならない状況である。


「まぁまぁ、そう落ち込むなよジオ先輩。これだけ離れればあとは近づくだけだし、アジュ先輩に意識してもらえただけ、進展なんじゃないの?」

「くぅ……」


 エイトにポンと肩を叩かれる。エイトの言葉に救われるなんて、自分は相当きているようだ。エイトの言葉に救われるなんて。それも酔っ払いの。


 闇ビールの製造に関わる部屋は複数あり、その一つから「ガラガラガラガラ!!」とけたたましい音が鳴っている。


「何の音だろ。開けてみる?」


 扉を前に、エイトが聞いてくる。


  ・開けてみる。

  ・半分開けてみる。

 →・開けない。

  

 ジオが答えを口に出そうとした瞬間、エイトが「はい開けてみるねぇぇ」と扉を蹴り開けた。

 

 中は小さな灯りで仄暗く照らされていた。

 部屋の中央にあるのは、いろんな管やら箱に囲まれた巨大な筒状の鉄と大きな影。

 そして、予想に反してその部屋に充満していたのは、闇ビールを冷やす冷気などではなく、息を呑むほどの熱気であった。


ーーハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァハァ!!!!


 息を切らしながら、ガラガラと筒の中で全力疾走していたのは、謎の巨大生物リヴァイアタンである。


「ひぃぃぃリヴァイアタン!?」


 涎を撒き散らし、つぶらだった目をかっと血走らせ、一心不乱に走り続けるウーパールーパーに、本能的にダッシュで逃げたくなる。

 しかし、何故かエイトが扉の出入り口にXポーズをして立ちはだかった。


「そこをどけぇぇエイトぉぉぉ!」

「それよりあれ! 見ろよあれ! あれを餌にこいつずっと走ってるみたいだぜ!」


 エイトが興奮気味にリヴァイアタンの鼻先にぶら下げられているものを指差す。

 知りたくない、しかし、見てしまった。

 馴染みのある紺の布を。


「僕のパンツゥゥゥゥ!???? おいこら、アサヒ! ディアちゃん! 何してんだーー!!」



 その頃、エクレアの屋上で、戦犯ディアは箱から顔を出しながらひとりでジュースを飲んでいた。


「成長期にお酒を飲んでは成長が止まります。実力領は成人が早過ぎるのです。……」


 無言になる。考えていたのは、あの巨大なウーパールーパーのことだった。

 自分の容姿を見た時、酷く怯えていた。

 あのウーパールーパーは自分と何か因縁があるのだろうか。


(違う、そんなはずない)


 頭を振った、その時だった。


「ぶにゃー」


 木箱に不細工な猫が擦り寄る。


「猫……? 猫ってエクレアにいたっけ?」

「すいませんお嬢さん。僕の猫が勝手に逃げ出してしまって。ちょっと捕まえておいてくれませんか?」


 戸惑うディアに、フォールは爽快な笑みを向けた。

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