27話 宣戦布告①


(怖い怖い怖い怖い! 誰かこの場を納めてーっ!)


 木箱の中で、ディアは大パニックになっていた。

 箱ごしでも、ゼフィールの刺すような視線を感じる。


(全力で謝罪すればこの場だけでも許してもらえるかな……? あぁでも謝ったらかえって怒る人もいるし……うぅどうすれば……)


 しかし、ゼフィールを罠にかける形となった今、何をしても取り返しがつかない気もする。

 逃れられる未来が見えない。


「おい、ディア、聞こえていたら返事をしろ」


 外からアサヒが声をかけてくる。

 助けてくれるのか、と大木にしがみつく気持ちで「ひゃい…」と返事をした。


「お前、以前からゼフィールに直接言ってやりたいことがあったよな。今がチャンスだ。言ってやれ」

(何のこと!?)

「ほう、私に意見しようとは大仰な。良かろう、聞こう」

(だから何のこと!?)


 息ぴったりにゼフィールがアサヒに乗る。

 どうやらアサヒは助けてはくれないらしい。

 それどころか、自分を木箱から出そうとしてる側、則ちゼフィール側の刺客である。


「ディア、お前はこの王の何が怖いと言うんだ? こいつはお前の作戦にまんまとハマった間抜けだ。それがわざわざその間抜けヅラを見せに来ただけのことだろう?」


 何故か、アサヒが同じ側に立つゼフィールへ挑発を始める。


「姿を見せてみろ。こいつは知略ではお前に敵わないし、実力でも俺には敵わない、虚しい男だ」

「「……」」


 ディアはなんだか泣けてきた。

 アサヒの挑発に対するゼフィールの沈黙が怖い。

 この先の展開も見えた気がした。

 アサヒは空気を読まずに挑発を続ける。そして、自分はこの木箱ごと真っ二つになる。


「大丈夫だ。俺はここにいる。ゼフィールに手を出させやしない。だから、そこから出てみろ、ディア」


 気持ちは嬉しいが、それよりも出ないでゼフィールを宥める方法を探してほしいと思う、切実に。

 ゼフィールに出ろと言われ、アサヒにも出ろと言われ、その他エクレアのメンバーも庇ってくれない。


(終わった……これ出るしかないやつだ……)


 全てを諦めて、ディアは魂が抜けたように箱の蓋を少し開けて、外の光景を覗いてみた。

 そして、あまりの衝撃に絶句した。


(え!? 何この美青年!)


 若くして珍しい白髪に、水晶のように綺麗なの美青年が自分を見下ろしている。

 整った目鼻口に、色白の小顔、アサヒには劣るががっちりとして高い背格好。万人が「はいこれはイケメンです」と太鼓判を押すだろう。


(これがゼフィール王!? 赫眼は!? あ、そっか、わたし魔力が見えないから、元の瞳の色が見えてるのかな?)


 ディアは木箱の隙間からゼフィールをまじまじと観察する。


(うーん、不機嫌そうな顔もキリッとしていて素晴らしい造形美なのです。これだけ美しかったら威厳も半減ですね。赫眼はその人に足りないものを補充するのかな)


 自分の赫眼は壊れなければどんなものだっただろう、と呑気に考える余裕ができた。

 ゼフィールを見上げながら思う。


(なんか思ったより怖くないかも)


 そして、なにより……


(怒ったアサヒさんより怖くない!)



「はい、ゼフィール王」


 ディアが木箱から出て、ゼフィールに応じる。

 怖気付く様子もなく対峙するディアに、ジオは驚嘆した。


(なんでゼフィールを前に普通に立てるの!?)


 ゼフィールの赫眼を前にしただけで、戦闘の経験を積んでいる自分ですら崩れてしまいそうなのに、ディアは苦もなく立っていた。

 まるで、ゼフィールの魔力がディアに届く前に、何かで遮断されているかのようだ。

 赫眼の少女が出てきたことに、ゼフィールは束の間意表を突かれたようであったが、直ぐに厳然とした様子で問い始める。


「木箱よ、最終日に私がエクレアに来ることを、お前は予想していたのか?」

「はい。あなたは本当に欲しいものは他人に委ねたりしない。必ず自分の実力で奪いにくると確信してました」

「何故私で負けた? 他の者でも良かったはずであろう?」

「その通り。アサヒさんが負けるなら、バルハロクさんやあなたの弟さん方や、適当な強者で良かったんです。でも、敢えてあなたで負けたのは……」


 眉を顰めるゼフィールを、ディアがキっと睨みつける。


「驕り高ぶるあなたに、エクレアからの宣戦布告です! 前から言おうと思ってたけど、手柄を上げたご褒美にあなたの所有物にされるなんて、全然嬉しくない! とんだ迷惑です! 1億支払ってでもお断りです!」


 「ひぇぇ言ったぁぁ」とシバが悲鳴を上げるが、ディアは構わず続ける。


「何故エクレアに執着するかは分かりませんが、人間はあなたが好き勝手していい道具じゃない! この……傲慢で残酷で美形なイケメン王め、全てがあなたの思い通りになるとは思わないことです!!」


 わたあめのように丸まって震えるシバの隣で、ジオは心の中で快哉を叫んだ。

 いいぞ、もっと言ってやれと。イケメンの下りはよくわからないが。

 あの引きこもりの少女がよくぞゼフィール相手に言い返せるほど成長したと。

 しかし、ジオの心からの讃美は、ディアの次に続く言葉で打ち崩されることとなる。


「と、ジオさんが先程申しておりました」

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