25話 罠

 ギルド戦が終わる3日前のこと。


「ふふふふふふふ、今日もアサヒは強かったな。流石は俺の相棒だ」


 今日もアサヒとの個人戦に大敗し、バルハロクはイキイキと帰路に着いていた。


「しかし、あのチビがまさか団体戦でフェイル殿下まで負かすとはな。俺のアサヒを独占していた分、それなりの実力があるということか」

『しかし、兄弟。流石に金を使い過ぎではないか?』


 心の声が天使のバルハロクとなって囁きかけてくる。


「いいや、これでいい。これといって欲しいものなどないしな。俺の財産がアサヒの糧となるならそれで良い」

『しかし、兄弟。俺達は王国軍だぜ? 敵であるエクレアに金ばかり送って、ゼフィール陛下にバレたらまずいのではないか?』

「いいや、これでいい。俺とアサヒは敵味方で測れる関係ではない。もっと深いところで繋がっているんだ」


 とはいえ、少し迷いが生じてくる。


(俺の心が俺に擬態して話しかけてくるぞ。ひょっとして、俺は俺が思う以上に深刻な状態なのだろうか)


 天使が言うように、あまり金を使い過ぎては、エクレアへの入金に加担していたことをゼフィール王に気づかれるかもしれない。


 ゼフィール王は期待している者程厳しく当たるところがある。

 もしこれが発覚した場合、厳しい処罰を与えられるに違いない。


『失望のあまり、罰すら与えられないかもよ』


 最後の声は聞き流すことにした。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい〜。グローブ、胸当てなど、本日は特価でご提供しておりやす〜」

「む、見ていくか」


 商人の男の声に誘われ、バルハロクは露店に寄った。

 商人の男は50代と年配で、皺だらけの顔でくしゃっと笑みをつくった。


「いらっしゃいませ〜。格好の良い大将、何にしやす?」

「そうだな……む」


 品物よりも、男の後ろにある小屋の戸が少し開いているのが気になった。

 中に机があり、複数の商人が金を渡しながらガヤガヤと騒いでいる。


「あ、これはこれは、お見苦しいところを……」


 男が苦笑しながら戸を閉ざす。

 こうあからさまに隠されると、余計気になってくる。


「中で何をやっているんだ?」

「そんな大将が気になさるほどのことでは……」

「言え」


 実力者に要求されては、階級の低い商人は折れるしかない。

 観念したように、男が答える。


「実はですな、ギルド戦中何もないというのもつまらないもので、商人の間でちょっとした賭けをして遊んでいるんでありやす」

「ほう、どのような賭けをしている?」

「今エクレアで決闘祭をやっているでしょう? それにエクレアが勝ち続けるか、否か、といったものですな。見事に正解したら、その倍になって返ってくるんでやす」

「ほう……」


 バルハロクは目を細めた。

 これは美味い臭いがするぞと。


「して、どちらに票がある?」

「大半は負けに賭けておりますな。なんせ、アサヒがいれど、動物園のような集団が勝ち続けるなんて思えませんで。個人戦と団体戦があるんでしょう?」

「まぁ、そうだな」


 話を合わせながら、バルハロクはにやけそうになるのを必死に堪えていた。


『なぁ、兄弟ィィィ! こいつらは知らねぇんだ! エクレアが団体戦で王族を負かしていることを!』


 天使バルハロクが堕天して叫ぶ。


(ああ、王族のチームが勝てないならば、エクレアに団体戦で敗北はない。俺のアサヒが個人戦で負けるはずもない)


 憐れな、と皺だらけな男を見据える。


(エクレアは勝利しかありえないことを、商人共は知らないのだな)


 憐れんでいると、何かを感じたのか男が心配そうに顔色を伺ってくる。


「大将、あの、大丈夫ですかい?」

「ああ、大丈夫だ。まぁ、そうだな。それで、俺もその賭けに今から参加することはできるのか?」

「見つかってしまっては仕方ありませんからな。大将だけ特別に飛び入り参加を認めやしょう。ですから、今後もご贔屓に……」

「うむ、わかっている」

 

 商人の男と手を結んだ後、バルハロクは急足で帰路を行く。


「ははははははははははは」


 堪えていた分、笑いが一気に溢れた。


「何だ、何も迷うことなどなかったではないか。全てを取ればいい。俺の金も、アサヒの絆も、ゼフィール陛下の信用も、全てを俺は取ればいいだけではないか」


『そうだそうだ』と心の声も後押しする。


「ははははははははははは」


 こうしてその日、バルハロクは全財産をエクレアの勝利に賭けた。


 ◆


(憐れな、全てを失うとも知らずに)


 バルハロクが全財産を置いて去っていくのを、商人の男は内心憐れみながら見送っていた。


 テオラギア家からの依頼で、商人ギルドに属する商人達はエクレアへの賭けを手分けして促していた。

 決闘祭で負けが続く参加者達は、声をかけられたら負けた分を取り戻そうとエクレアの勝利に賭ける。

 ギルド戦最終日にアサヒがわざと負けるとも知らずに。


 協力して得た利益は、ギルド戦計上後、商人55%、エクレア45%に配分される。

 高い配分としているのは、この作戦のかなめが商人の嗅覚にあるためだという。


 商人の男は露店から道行く人々を観察する。


「あの男はアウトだな。向こうの女もアウトだ。む、あの男の目は刺激に飢えている目だ。装いから冒険者か。誘い方次第ではギルド資金にも手をつけよう。よし、フォーメーションBだ」


 「らじゃ」と、了解の声が小屋の中から聞こえる。


「おっと、これを忘れてはいけない」


 呼びかける前に、商人の男は小屋の戸を少しだけ開けた。

 中の様子がわざと覗けるように。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい〜。本日は特価でご提供しておりやす〜」


 

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