22話 最終日②

 ヒュンヒュン、と風の音が高く鳴る中、アサヒが突然屈んだ。

 瞬間、斜め後方の地面に剣で斬られたような深い傷ができる。

 直ぐにアサヒが低姿勢からスライディングし、試合場の脇に回避、跳ね起きて向かいに回避、回避を続ける。

 ワープでもしているのかと思う程の素早い体裁きであるが、アサヒが通ったであろう地面を、びっしりと傷が追っていく。


「何あれ!? 風!? 何もないところが切り裂かれていく!? あれがゼフィールの『風の剣』なのか!?」


 その様子を、ジオはシバと風に流されながら見ていた。


「アサヒが嫌な気配に囲まれてる。とても危険だワン」

「あの攻撃が当たったら、さすがにアサヒでも危ないんじゃないの!? いて!」


 ゼフィールが『風の剣』に集中したためか、『風の鉄槌』が止み、風に両足を流されていたジオは地面に腹打ちした。

 その際に、シバはジオの腕からちゃっかりと抜け出しているため、無傷である。


 アサヒはその後も信じられない速さと柔軟性で、試合場を駆け回り、ゼフィールの『風の剣』を避けている。

 ゼフィールの攻撃は目に見えず、ゼフィール自身腕を組んでいるだけで何の素振りもない。

 故に、どの方向からどんな攻撃が来るか、全くわからない状況だった。


「どうしてアサヒは見えない攻撃を避けられるんだろう……」


 ぼそりと溢した呟きに、シバが少しの間考えていたようだったが、やがて「アサヒだもの、としか言いようがないワン」と思考を放棄した。

 

 劣勢の中ひとり戦うアサヒに、何か協力できることがあればしたいくらいだが、今は遠くから見守ることしかできない。

 無闇に近づいては、『風の剣』の的になり、アサヒの邪魔にしかならないのだから。


「そうだ、ディアちゃんは?」


 と思い至り、木箱を積み上げていた場所を見る。

 試合場の近くに積み上げていた木箱一式は、ゼフィールの『風の鉄槌』により、見事に全て弾け飛んでいた。

 その一つが、ゼフィールの『風の剣』に当たり、真っ二つに割られる。


「「ぎゃーーー!!」」

「はずれ。当たりはこちらだよ」


 シバと抱き合って悲鳴をあげていると、フォールが横から木箱を渡してきた。

 物資が入った箱よりもずしっとくる重量、そして木箱全体が小刻みに震えていることから、中で当たりの少女が怯えているとわかる。


「一緒に飛ばされたから掴まえといたよ」

「フォール殿下が、ディ、この木箱を守ってくれたんですか?」

「僕は主催者なのでね。できるだけギルド戦は穏便に、死者なく終わらせたいのさ。ジオ君、それとシバ君、君達に少し話があるので僕に着いてきなさい」


 木箱から離れたところに連れていかれると、フォールが不機嫌な顔で話し始めた。


「君達さ、不用心だし、あからさま過ぎるよ。なんで最終日に木箱がいきなり出現するの? 壊されたら困るものを試合場の近くに設置するなんて意味がわからないよ?」

「す、すみません……」

「こんなの誰でも不審がるから。もっとよく考えなさい。ただの歩くルールブックでいようと思ったのに、つい手を貸してしまったじゃない。それとーー」


 フォールの説教は、しばらく終わりそうもない。



 その頃、ゼフィールは20刀の『風の剣』を操りながら、内心で舌打ちをしていた。


 アサヒ故の人間離れした回避速度はある程度予想していた。

 だが、前に走っているかのように後ろへ滑っていく奇怪な動き。

 後方転回したかと思えば、片手を地面につけた斜めの姿勢で急停止する突拍子の無さ。


 その意味のわからない器用全開な動きが予測できないために、アサヒを『風の剣』で捉えることができない。


(貴様は虫か? いや、虫でも背を地面に向けて走りはすまい)


 空中を飛び交う『風の剣』を避けて、カサカサとブリッジの姿勢のまま地面を高速で這うアサヒ。

 その表情には疲労どころか、焦りの色すらもなかった。


 ギャリ!


「!」


 翻弄されていると、不意に後方で刻む音が鳴る。

 いつ、どのようにして投げたのか、目前にいるアサヒが、木剣の柄を後方へぶつけてきたようである。


「死角を狙っても風の守りに阻まれるか。ゼフィールを戦闘不能にするのは無理だな。時間まで逃げ切るか」


(化け物め)

 

 『風の剣』を倍へ増幅して振るう。

 ここに立ち入った物は、瞬時に風に刻まれ、肉塊に成れ果てることとなるだろう。

 しかし、アサヒはさらに速度を上げる。

 足、手、頭を使い、跳ねたり回ったりと器用に避けていく。


(何をどのようにしたらそうなる? 化け物め……貴様の心臓はどこにある)

 

 国王と同等の権力を持つアサヒ。

 アサヒは始終対立した意見を表明した。

 これといった意志も望みも持たざる分際で。


 3分の制限時間が間もなく経過する。

 このままアサヒに攻撃が当たらなければ、敗退となる。


「アサヒさん、あと10秒ですよ!」


 少女の焦った声がした時、アサヒの動きに迷いが生じたのを、ゼフィールは見逃さなかった。


「それがお前の心臓か」


 『風の剣』の一刀を、真っ直ぐに木箱の方へと飛ばす。

 予想通りアサヒが木箱の前に立ちはだかり、両腕で『風の剣』を受けた。

 衣服が切り裂かれ、片腕に横一文字に血が滲んだ。


「……」

「だから、普通の人間ならば真っ二つになるところ、どうしてお前はその程度で済むのだ」



 個人戦 アサヒ(999〜) vs ゼフィール(999〜)


 勝者 ゼフィール

 

 

 

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