21話 最終日①

「ゼフィール陛下!?」


 ジオがその名を叫ぶ。

 ギルド戦最終日を狙って、ゼフィールが直々に来ることは全く想像していないことだった。


 幾度も王族は退けてきた。

 だが、ゼフィールは規格外である。

 魔術というよくわからないものを使いこなす上、あの赫眼を目の前にした者は、本態的な恐怖感に支配されて、まともに戦うことさえできないのだから。


 周囲の者が静まり返る中、意にすることなく、ゼフィールはアサヒの個人戦の方へと足を進めていく。

 個人戦に並んでいた参加者達は、割れるようにゼフィールへ道を開けていった。


「バルハロク、そこをどけ」

「……」

「聞こえているであろう。どけ」

「……は!!!」


 バルハロクはゼフィールの命令に少しだけ肩を震わせると、豪快に返事をして試合場を出た。


 アサヒが肩をすくめながら、ゼフィールへ歓迎の意を示す。


「エクレアの決闘祭へようこそ。歓迎しよう、ゼフィール。ただ応援しに来た、というわけではないんだろ?」

「無論だ。アサヒ、お前と個人戦を願おう」


 ゼフィールの宣言に、周囲が大きくざわめいた。


「犬、個人戦の取り決めを説明せよ」


 審判を務めるシバに、ゼフィールが尋ねる。


「……制限時間は3分間、その間にアサヒに一本でも入れられたら、ゼフィールの勝利となるワン……」

「既に周知していることを説明してどうする。その他の取り決めはあるのかと聞いているのだ」

「……っ」

「俺が答えよう」


 ただ睨まれただけで縮こまるシバに代わり、アサヒが答える。


「いかなる方法でも、俺に攻撃が入れば一本として有効だ。無論、隙あらば俺からも反撃させてもらう。3分経過しなくとも、攻撃手段がなくなった時点で試合終了だ。場外と、気絶も同様の扱いとなる」

「では、攻撃手段は剣に問わず、と言うことで良いのだな?」

「ああ。魔法使いらしく魔法でも使うつもりか? いくら剣で勝つ自信がないからとはいえ、人間単体に魔法に頼るなど恥ずかしくないのか?」

「笑わせてくれる。アサヒ、お前をどう人間扱いしろと言うのだ? お前こそ、魔術師相手にその棒切れで良いのか?」

「これは祭りなのでな」


「単なる余興で国王が死にでもしたら、さすがに哀れだろう?」と、アサヒが付け足した一言に、ゼフィールの威圧感が増し、周りでバタバタと卒倒者が出てくる。


「嘆っかわしきかな……この2人は会ったら喧嘩しないと気が済まないのか?」


 殺気立つ2人に、フォールが木箱の隣で頭を抱えていた。



 個人戦 アサヒ(999〜) vs ゼフィール(999〜)


 アサヒが木剣を正面に構える。

 対し、ゼフィールは木剣を下ろしているまま、構える様子はない。


「おい、試合が始まるぞ。構えないのか?」

「既に構えている」

「?」

「では尋常に……始め!」


 シバの号令で真っ先に動いたのはゼフィールであった。


『風の鉄槌』


 ゼフィールが人差し指を下へ向けた時、ドン、と雷が落ちたような轟音が鳴り響く。

 それと同時に周囲へ踏みとどまっていられないほどの爆風が湧き起こった。


「ワー!」


 風に吹き飛ばされていく人々から悲鳴が上がる。


「ワンー!」

「シバ、大丈夫!?」


 同様に風に吹き飛んでいくシバを、ジオが抱き止めた。


「ぎゃー! ジオに抱っこされてる! ジオに抱っこされてる! ぎゃー! ぎゃー!」

「別に良いじゃん! こら、暴れないの!」


 シバを片腕で抱きながら近くの木に掴まるも、髪が千切れていきそうな凄まじい風量が試合場から吹き続ける。

 風で両足は宙に浮き、身動きが取れない。


「シバ、何なのこの風は……!?」

「し、試合場の上空から嫌な気配を感じるワン。ゼフィールがアサヒに風の魔術を使ってるんだと思うワン」


 赫眼がなければ魔力やら魔術は見えないため、推測することしかできない。

 試合場の真上から下向きに発生した暴風は、地面に衝突したことで分かれ、周りで見ていた人々を大きく吹き飛ばしたようだ。


 1人を除いて。


「アサヒ、お前をどのようにして人間扱いしろと言うのだ? 普通の人間であれば、背骨から叩き潰されているはずだぞ?」


 大の大人が吹き飛び、大地が抉れるほどの爆風を真下で受けたというのに、アサヒは平然と立っていた。


「小煩い風だ」


 押し潰さんと風が吹く中、アサヒは何もないかのように攻勢を仕掛ける。

 地を破る程の踏み込みで、瞬時に相手の前へ移動する。

 ゼフィールは行動を起こさない。


「もらった」


 木剣がゼフィールに振り下ろされるその瞬間……


 アサヒの木剣が剣先から粉砕された。


「む……」


 武器を破壊され、アサヒが一度後退する。


「忠告したはずだ。魔術師相手にその棒切れで良いのかと」

「お前の周りに何かあるな。ゼフィール、これもお前の魔法か?」

「風の魔術『風の守り』だ。風を全身に纏い、近づくものを刻む魔術である。普段使いは矢を退ける程度にしていたが、相手が人間でないのならば手加減する必要もなかろう。さて……」


『風の剣』


 ゼフィールを中心に、不穏な風が増強する。

 ヒュンヒュンと風を切る音が大きくなっていき、辺りの地面に剣で斬られたような亀裂が出来ていく。


「今お前を何刀の剣が狙っているかわかるか? さぁ踊れ、アサヒ」





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