17話 依存症
ギルド戦4週目。
王国軍兵士長バルハロクに異変が生じる。
「待っていたぞ、アサヒ、我が宿命の友よ」
「俺はお前と何の関係もないし、友でも何でもないぞ」
「ふはははは! 牽制しているのか!? これ以上俺を燃え上がらせてどうするつもりだアサヒ!?」
状況がわからずにいるアサヒを置いて、バルハロクの世界はさらに加速していく。
「アサヒ、感じないか? このギルド戦は、俺とお前2人の雌雄を決する運命の巡り合わせなのだと」
「そんなことよりお前、ここ最近毎日現れているな。王国軍はどうした?」
「俺とお前の世界に仕事が挟まる余地はない。残っていた休暇を全てこのギルド戦にあてがった。このギルド戦が終わった後、俺は1年間無休だ!」
周囲が、やっちまったなこいつ、という哀れんだ視線をバルハロクに注ぐ。
無論、本人が気づいている様子はなく、その表情はどこか晴々としているようだった。
「アサヒ、もう俺はお前とこうしていなければ生きた心地がしないんだ。家に帰ってもお前との決闘のことばかり考えてしまう。熟睡できないし、お前との決闘が楽しみのあまり日の出と共に早起きしてしまう。先日、不思議に思ってこのことを占い師に聞いた。何て言ったと思う?」
「知らないし、興味ないし、なんとなく聞きたくもないから言わなくていいぞ」
「占い師が言うには、それは俺とお前が宿命のライバルであり、運命のパートナーであり、人生の伴侶だからであるとのことだ!」
「シバ、こいつを出禁にしろ。今からだ」
「しかし、バルハロクは結構な稼ぎ頭であって、出禁にするにはあまりに惜しいワン」
この時、バルハロクはアサヒとの個人戦に3万かかろうが100万かかろうが、喜びに震えながら支払うようになっていた。
「いや、出禁にするべきだ。俺にはわかる。これは貰う金額以上に面倒事の方が圧倒的に大きいパターンだ。回避するに越したことはない」
「そうはいっても、参加者は公平に扱うものワン……占い師はバルハロクの言う『決闘』を『結婚』と聞き間違えでもしたのかな」
占い師は「あいつとの結婚(決闘)のことしか考えられないんだ」という相談事に対し、「じゃ、すれば良いじゃん」程度に後押ししただけなのかもしれない。
それにより、仕事に誠実だった男が変態になり変わる未来までは水晶を通して視えていただろうか。
その後しばらくの間、アサヒとシバは議論を繰り返したが、結局のところ、バルハロクを出禁にすることはできなかった。
渋々とアサヒは試合場に入り、バルハロクと対峙した。
バルハロクが木剣を片手に持ちながら、「さあ!」と両腕を広げて近づいてくる。
個人戦 バルハロク vs アサヒ
「さあじゃねぇ! やめろそれ!」
「始めようか、アサヒ。俺とお前、
勝者 アサヒ
「ふははははははは終わってしまったか! 強いな、楽しかったな、アサヒ! 人生最高の瞬間が終わってさぞ惜しんでいることだろう!? わかる俺もだ! また明日と言いたいところだが、今日は早起きしたからな! もう一回並んでやるからそこで待っていろ!」
風のように列の最後尾に駆けていくバルハロクを、アサヒが疲れた様子で見守る。
「……早くあいつの財産全てなくならないかな」
「バルハロクは今まで仕事一筋の男だったから、財産はかなりあると思うワン。それに例えなくなったとしても、あの様子ならどこからか借りてでもしてやってきそうだワン」
「ドンマイワン」と言って、シバが離れていく。
明日も明後日も今日これからも、変態化したバルハロクの相手をしなければならない。
憂鬱この上ない。
(正気の沙汰ではないな。だか、やらなければ)
こんな時に頭に浮かぶのはこの決闘祭を考案した元凶、ディア。
ディアは睡眠の時間も惜しんで、ジオの研究をし、それと並行してビール造りにも励んでくれている。
『アサヒさん、瘴気ビールができました。まだ試作の段階ですが、飲んでみてください!』
今思い出すと、怪しい瘴気が立つ黒いビールとディアの無邪気な笑顔がなんだか眩しく感じる。
(頑張ろう。この調子なら、ギルド戦後の打ち上げには美味いビールが飲めるはずだ。あと、7日だ)
気を取り直して次の相手が誰か見ると、そこには青髪の少年エイトが立っていた。
「アサヒ団長決闘シヨ?」
「……」
「決闘シヨ? 決闘シヨ? 決闘シヨ?」
エイトの後ろに並ぶ客も顔ぶれがほとんど同じである。
圧倒的強者と3万Gで戦えるこの企画は、真面目な冒険家達を決闘ジャンキーに仕上げていたのだった。
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