15話 2つの可能性

 先鋒戦エイト、中堅戦ジオと2勝したことで、エクレア対王子ーズの団体戦は、エクレアの勝利で終わった。


「俺がアサヒと戦えない?」


 バルハロクはさっさと個人戦の方へ戻っていったアサヒを見て、ぽろっと木剣を落とした。

 カラン、と軽やかな音ばかりが虚しくその場に響き渡る。


 はっとしてアサヒ戦の列に並ぼうとするが、列の最後尾には看板を胴に括り付けた豚が立っていた。


『本日ここで終了』


「融通しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 慟哭するバルハロクに、ベヒーモスが辟易とした様子で応じる。


「無理でござるよ。時間的にここで終了。これ以上は拙者らの夕ご飯の時間に響いてしまうでござる」

「お前らの飯など知ったことか! 俺がアサヒと勝敗を決する今日この日をどれだけ待ち侘びていたことか! 頼む、融通してくれ! 一生の願いだ!」


 アサヒ戦の最前列まで来た時、当然のことながらバルハロクはアサヒと戦えると確信していた。

 その機会をシエム王子に取り上げられ、団体戦でも戦えずに終わった。

 得られたと確信したものの喪失を、人間は容易に受け入れることができない。


「そんなにアサヒと戦いたいワン?」


 副団長シバがちょこちょことやってきた。


「しかし、バルハロク殿だけを特別扱いしては顧客の信用を失うでござるよ」

「それもそうだワン。豚にしては今回は正論を言うワン」

「……今回"は"?」


 険悪な雰囲気を醸し出す豚と犬に、バルハロクは深々と頭を下げた。


「頼む! 王国軍に非番はほとんどないんだ! それに俺は今日4時間も並んだんだぞ! アサヒと戦えるなら何でもする! だから、ほんの少しでいい! 融通してくれ……!」

「さすがにバルハロク氏が可哀想でござるな」


 シバは「うーん」と唸った後、可愛らしく小首を傾げながら言った。


「融通してもいいけれど、他の参加者が納得するように相応の対価は必要だと思うワン。バルハロクはどう思うワン……?」


 バルハロク -100万G



 ギルド戦が2週間経過した。

 今のところエクレアは団体戦、個人戦共に負けはなく、蓄積額は6100万Gを超えている。


 決闘が続く毎日は、アサヒでもない限り、疲労が蓄積して戦い続けることはできない。

 そこで、ディアが未開の地から持ち帰ったクリスタルの中に『治癒を促進する』属性のものがあり、ジオ達はそれを岩風呂に沈めて使用していた。


 病院でも重宝されるような希少なクリスタルを、一ギルドが入浴剤代わりにして良いものなのかはわからない。

 だが、そのおかげでジオ達は疲労を蓄積することなく、ギルド戦を戦い続けることができていた。


 そして今、ジオ、アサヒ、エイトら男性陣は、岩風呂の隣にあるサウナ室で身を潜めている。


 男達がサウナで長居している間に、女性陣が風呂に入ってきてしまったためである。


「ディアちゃんあのね、今日のジオさん凄かったんだよ。自分より体格が大きい相手に勝っちゃったんだから。汗もキラキラして、ジオさんは汗までも素敵なんだなぁ……」

「団体戦で役立ってくれるのは助かりますが、ジオさんよりも個人戦で無双を続けるアサヒさんの方が凄いのです」


 熱が籠る個室で、ジオはアサヒと共にアジュとディアのガールズトークを息を殺しながら聴く。

 ちなみにエイトは必死に覗こうとするため、アサヒの手刀で早々に落とされている。


「ディアちゃんって世界征服目指してるんでしょう。この大陸の外に出ようとするなんてすごいね。お母さんみたい。私にも何か手伝えることはないかな?」

「その……世界征服はアサヒさんと2人でする約束なわけで……」

「……」


 ごにょごにょと言い淀むディアに、アサヒが項垂れていく。


「アジュさんこそ、何かを話す度にジオさんのことばかりですよね。ジオさんのことどう思ってるんですか?」

「わ、私はただ、ジオさんに誰よりも幸せになってほしいだけだよ……」


(いっそのこと君が僕を幸せにしてくれ)


 ジオは心の中で叫んだ。


「……お前の魔物化についてなんだが、わかったことがある」


 アサヒが意識を逸らすためか、重要な話題を振ってくる。


「……何?」

「これはディアが研究で発見したことだ。お前の体液だが、ある環境下でとある変貌をする」

「ある環境下って?」

「瘴気だ。瘴気に晒すと、お前の体液は瘴気に変わる特性を持っている」

「僕の体液が瘴気に変わる? それって……」

「つまり、お前は何かしらの要因で、瘴気の魔物の特性を手に入れた人間ということになる」


 アサヒが先に紡いだ言葉に、何かが綻んでいく気がした。


「人間、人間か……。そうか、それなら……良かった……。それで、僕の魔物化はどういう時に進むのかはわかった?」

「お前の魔物化はここ2週間拡大がなかった。今言えることは、瘴気に触れなければ、魔物化が進むことはないということだ」

「……そうか」


 そうか、とジオは自分を納得させるように、もう一度呟いた。

 魔物化が進まないようにするには、単純に瘴気に触れなければいいのだ。

 それがわかり安心した反面、心の中で引っかかるように残っているものを感じていた。



 女性陣が風呂から上がり、ジオがエイトを担いでサウナ室を出た後、アサヒはサウナに残り考えていた。


 魔物化について、ディアは2つの可能性を提示していた。


『ジオさんの体液が瘴気の環境下に入ると、瘴気に変質することがわかりました。これは瘴気の魔物が傷ついた時と同じ現象です。大火傷の治癒、筋力の向上も同様に瘴気の環境下でのみ見られています。しかしながら、マザークリスタルの加護下では、人間の性質を保っています。このことは、2つの可能性を示唆しています』


 『魔物』の特性を手に入れた『人間』か、それともーー。

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