10話 王子とブサ猫
ギルド戦の前夜。
魔物の討伐がひと段落し、王国軍が宴で盛り上がる中、第一王子フォールは冒険者達が拠り所とする酒場を出たところであった。
「兄上、お待ちしておりましたよ」
酒場の外で、四男シエムが声を掛けてくる。シエムは背が低く、普段から眉間に皺を寄せる癖がある。
「やぁシエム、僕を迎えに来てくれたんだね」
「ひとりで俗物達の集まる酒場に行くとは感心しませんね。何をしていたんですか?」
「それぞれのギルドの動きが気になったので、ちょっとした情報収集を。酒場って便利だよね。相手の口が緩くなるし、誰に何を話してしまったかも曖昧になる」
「兄上はご自分の非力さをわかっていません。俗物達に襲われでもしたらどうするんですか?」
「戦時中のイベントだから国内外の警戒体制は強化してある。加えて、僕にはこんなに頼りになる弟がいる。平気さ」
シエムの頭を撫でると、むすっとした顔から毒気が抜けていく。
言い方は厳しいが、家族として大事に思っている故の発言であることは理解している。
「フォールちゃん、アタシを誘ってくれないなんてつれないじゃない。アナタから誘ってくれるのをずっと待っていたのよ?」
闇から現れるように、次男フェイルが歩み寄ってきた。
「悪いね、フェイル。僕ひとりの方が相手は油断して喋ってくれるからね。それに、フェイルもシエムも魔物の討伐で連日出払っていただろう? 今日だけは弟達に何の気兼ねもなく宴を楽しんでもらいたかったのさ。兄としてね」
「フォールちゃん……」
フェイルから熱い視線が注がれる。
それに気づかない振りをしながら、「ルーザは?」とシエムに尋ねた。
「あのゴミなら、今日も私室に女を連れ込んでましたよ」
シエムが吐き捨てるように言うため、「相変わらずだね」と苦笑を溢す。
真面目な性格の四男シエムと、三男ルーザは性格が合わない。
ルーザは女好きで不特定多数の愛人がいる。取っ替え引っ替えに遊び倒して、結婚の話が出た瞬間に捨てているらしい。
「兄上、あのゴミを野放しにしていては王族の品位が下がります。牢に封印してしまいましょう」
「うーん……監禁は解いた後の反動が怖いからちょっとな。ルーザのアレはどうしようもないよ。彼が自由奔放でいるおかげで、彼を抜いた僕たちの支持は相反して上がっていく。それで良しとしよう」
「そういうものですか……あ」
シエムと話していると、1匹の野良猫がふらふらと近寄ってきた。
鼻が顔にめり込んだように潰れた、薄汚れた猫である。
「やーん♡ かわいー♡」
猫を前にしたことで、フェイルの発作が始まる。
ごろんごろんと地面に転がり始めた大の男に、猫は恐れをなして足の後ろに隠れた。
「兄上! 感染症になるかもしれません! 早く離れてください! この薄汚れた猫め! 兄上の足に触れるんじゃない!」
「ぶにゃ……」
シエムの手が届く前に、猫は地を這うような声で鳴いた。
「なんて可愛らしい……ではなく弱々しい声! 兄上、この猫とても痩せ細ってます! 今すぐ食べ物をやりましょう!」
「ダメよ! そんなことをしたら繁殖してしまう! この子みたいな可哀想な子が増えるだけよ!」
「では飼いましょう! 城に猫の部屋を作りましょう!」
「アタシ達は1月後に戦場に行くのよ! 留守の間可哀想だと思わないの!?」
「じゃあどうすれば良いと言うのですか!?」
ギャアギャア騒ぎ立てる猫好き2名を、猫は怯えながら見ている。
魔物の血の臭いがする人間が怖いのだろう。
猫は嗅覚が鋭く、静かな場所が好きだ。
「嘆かわしきかな……王族たる者がこんなことでこんなに取り乱して。仕方ない。僕が飼うよ。2人とも世話を手伝ってくれる?」
「フォールちゃん!」
「兄上ェ……」
猫を飼う程度で、弟達から感激の視線をこれでもかというくらいに向けられる。
「ぶにゃん」と不安そうに鳴く猫に、「大丈夫だよ」と笑みを返しながら思う。
(……これが可愛いか? 鼻は潰れてるし、目も離れてる。とんでもなく情けない顔してるけれど、これが素の顔なのか。まぁ弟達がこんなに夢中になってるし、相応の利用価値は見いだせるか)
木箱の少女は『面倒見が良い』と自分を過大評価していたが、それは違う。
人望も信頼も、全ては計算されたもの。
自分の利益のためだけに行動する合理的な人間が自分だ。
「さて、これ以上の長居は不要だよ。フェイル、シエム、帰ろうか。猫の名前は何にしようね」
「兄上、お待ちください。酒場の者に王族がここにきたことの口止めをしてきます」
「それも不要だよ。全員潰してきたから」
冒険者は弱い者にマウントを取りたがる。
相手を煽てて飲むペースを崩せば、あっという間にベラベラ喋る情報箱が完成する。
(エクレアはそう来たか。これは優勝の可能性もあるかもしれないね。問題は果たして今の君たちにそれを成し遂げる実力はあるのか、かな?)
弟達と猫の名前を考えながら城への帰路を行く。
血の臭いがしない自分に、猫は安心したのだろう。
腕の中で不細工な寝顔を晒していた。
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