8話 テオラギア家


 テオラギア家、客間にて。


「ルーシーさんの病状はどのようなものですか?」


 外部環境について、ルーシーの話をメモしながら聞いていると、木箱の中にいるディアが唐突な質問をした。


「ボクかい? 3週間前に膝上からの手術を終えたところさ。病室で黙って寝てるのも暇だから、医者に訪問してもらいながら家で執務をしているよ。両手のリハビリに良いからね」

「足はまだ痛みますか?」

「うーん、最初は感覚がなかったのにね、切断したら無いはずの足が痛むのだよ。困ったものさ」

「そうでしたか」


 ルーシーはディアの質問に笑みを崩すことなく答えた。

 しかし、長年のつきあいのあるジオには、それがどこか影がある笑みに見えて仕方が無かった。

 

「最後に確認したいのですが、テオラギア家は長年南部の商業事業に貢献してきたと聞きました。テオラギア家と商人を結ぶものは何ですか?」

「良い質問をするね。言ってみれば、ちょっとした『信頼』のようなものがあるのかな」

「信頼ですか?」

「当初、実力のない商人達は王国や貴族からの救済処置はなくてね、窃盗や傷害といった被害が多発していたのだよ。そこで、テオラギア家は南部の商人、手工業者をまとめ、南部に大きな商人ギルドを結成したのさ。雇用主が貴族であれば、商人達に対する被害を抑制でき、ある程度の営業の自由が確保される。また、地方の貴族との繋がりもあるから、遠征して商売することもできる。ボクらの信頼を失った商人は、その全ての関係者からも同時に切られることになるだろうね」


 つまりは商人ギルドに属する商人達は、直接関わるテオラギア家を裏切ることはできない。

 生活の保証を失わないために。

 そういう信頼だ。


「ありがとうございます。ルーシーさんのおかげでギルド戦に勝つ方法が見つかりました」

「それは良かったよ。それで、ディアちゃんはどのようなものを考えたんだい?」

「とりあえず一通りです。本当はもう何通りか方策が浮かでいたのですが、労力に見合う成果が期待できないものは棄却しています」

「あまり実力領にそぐわない方法だと王国から調査団が来るかもしれない。それをするリスクも考えた方が良いだろうね」

「なので、エクレアの持つ実力を活かし、競争相手である冒険者をエクレアの入金に依存するように心理誘導しようと思います」

「ジオ、この子は可愛らしい声で何を言ってるんだい?」

「さあ」

「わたしは特別なことは言ってませんよ」


 男同士の会話が聞こえたようで、ディアが答える。


「ただ、3歳の頃に学んだ心理学を活用しているだけです」


 ディアの回答に、ジオとルーシーは今度こそ目を剥いて固まることになる。


「人は不安、焦燥感、抑うつ、無力感がある時、それから現実逃避するために快楽を追い求めます。そして、冒険者は元来負けず嫌いで上昇思考、衝動性が高い生き物です。フォール王子のお達しによりギルド戦中に時間を持て余している冒険者も多いことでしょう。散財は容易です。あ、しかし、ずっと負けさせては飽きさせてしまいますね。もう一つ選択肢をつくりましょう。勝機をチラつかせれば、もっと数が釣れるはずなのです」


 少女の物騒な物言いに、ルーシーがポロっと手からペンを落とした。

 

「……ジオ、この子は一体何者だい?」

「えと、アサヒの従妹で研究者だよ」

「そ、そうか。彼は従妹も超人なのだね」


 「そうかそうか」とルーシーは無理矢理納得したようである。


「それで、考えたのがこの案です。ジオさんは読まないで、ルーシーさんだけ読んでください」


 木箱の隙間からにゅっと折り畳まれた紙が出てきた。ルーシーに渡して欲しいらしい。


「本当に僕は読んじゃダメ?」

「ダメです」

「……わかった」


 渋々と、ジオはルーシーに紙を手渡す。

 その紙を開くと、ルーシーは「あぁ」と天を仰いだ。

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