7話 専門家


 落ち着いた頃、ジオ達はディアにクエスト以外でギルド戦に優勝する方法を相談した。


「エクレアが優勝する方法は現状0ヒット、情報不足です。専門家から外部環境について情報収集してきてください」

「がいぶかんきょう? なにそれ」

「主に、政治動向、規制、景気動向、技術革新の状況、市場の動向の情報のことです。あと、王族、貴族、平民、下民の生活状況、意識傾向についてもお願いします」

「んー?」


 ジオは捻った首をさらに捻る。

 実力領の平民は教養レベルが低く、そういった内容に弱い。


「誰も脳筋勢に答えは求めてないのです。なので、専門家から情報収集してきてほしいと言っています」

「ひどい言い様だな。まぁ合ってるけど」

「わたしも研究室に引きこもっていた故に外部の情報に疎いのですが、この戦いに勝つためにはそれらの正確な情報が必要です。それらの知識を取得できたら、現状を分析して何かしらの方策を見つけてみせます」

「うーん、なるほど。とりあえずやるよ」


 自信がないために微妙な返答となる。

 このよくわかっていない状態で専門家から話を聞いたとして、それをディアに正確に伝えられる自信がない。

 とはいえ、赫眼を持つディアを信頼できない専門家に会わせるのも危険な話ではある。


「ジオ、フォールならそこらへん詳しいだろう。俺達で聞きに行くぞ」

「そうだね。しかし、どうしてフォール殿下はいきなりエクレアに来訪したんだろうね」

「……」

「どうしたの、アサヒ?」

「エイトが消えてる」

「あ」




 ジオは急いで会議室へ戻った。


 逆さ吊りにされていたフォールの姿はすでになく、部屋の端には「フン! フン!」と未だに腕立て伏せに精を出すエイトの姿があった。


「おう! ジオ先輩、アサヒ団長! おかえり!」

「エイト!? フォール殿下はどうしたの!?」

「兄貴ならもう帰ったぜ!」

「兄貴!?」


 会議室の机の上に、丁寧な字で手紙が書き残されていた。


『エクレアの諸君。

 本日は、急な来訪にも関わらず快く歓迎してくれてありがとう。とても有意義なひとときを過ごせました。

 ギルド戦が終わったらエクレアの皆さんと僕の兄弟とで親睦会でもと思っていたのだけど、彼女の目にそういった事情があるなら仕方ありません。別の方法を考えましょう。

 僕はただのルールブックなので、ここで聞いたことは他言しません。ご安心を。


 P.S. 僕に頼らず自分達の力でなんとかしなさい。

                フォール』


 エイトはフォールに絆され、洗いざらい情報を吐いてしまったようだ。


「やられた。厄介なヤツにディアの赫眼を知られたな……」

「でも、他言しないでいてくれるみたいだし、フォール殿下って良い人ではないかもしれないけど、悪い人だとも思えないんだよな。それに僕ももう少し殿下と話してみたかった気もする」

「そう思わせるところが、フォールの厄介なところなんだよ」


 俺は一番苦手だ、とアサヒが珍しく愚痴を溢した。


 



 ロギムの街、テオラギア家の屋敷にて。


 その二つの木箱は物資の入った箱に紛れて屋敷の中に運び込まれた。


「なんというか、斬新だね」


 トカゲを肩に乗せた青年が苦笑する。

 木製の車椅子に乗っており、使用人の女性が移動を介助するために後ろに付いている。


「バハムートから事前に聞かされていなかったら、今頃木箱を開けた使用人達がパニックを起こしていたことだろうね。しかし、何故そんなまだるっこしい真似をするんだい?」

「エクレアの行動を極力外部に知られないようにしたいんだってさ」


 木箱から出て、ジオは肩や腰をストレッチする。

 長時間窮屈な箱に入っていたために、体がバキバキだ。


「成程。確かに、民衆は王国の評価を欲している故に今はエクレアに注目しているようだからね。今回は大丈夫だろうけれど、ギルド戦が始まったら民衆伝に王国へ不利益な情報を漏らされかねない。周囲の目には十二分に警戒した方が良いだろうね」

「今は家で療養中だろ? よく知ってるね」

「テオラギア家は商業事業に力を入れているから、商人の出入りが多くてね。商人達は耳聡い。ここにいるだけでいろんな情報が入ってくるものなのさ」

「そうなんだ」

「「……」」


 ルーシーはジオの右腕を、ジオはルーシーの両足を見た。

 嫌な別れ方をしたのはお互い気にしていたようだ。

 

「……それで、ジオ、もう一つの箱は誰だい?」

「エクレアの新メンバー、というより前からいたと言って良いのかな? ディアちゃん、挨拶できる?」

「……」


 ディアは人見知りを起こしたのか、木箱に入ったまま何も言わない。

 アサヒが周囲にマークされている可能性があったため、ジオとディアの2名のみの訪問としていた。


「やっぱりアサヒがいないとダメかな。この子かなりの人見知りなんだよね。参ったな。これじゃ話が進まないな」

「誰でも初対面は緊張してしまうものだよ。相手が貴族だし、外の環境に慣れていないなら尚更ね」


 ルーシーは両腕を広げ、大袈裟に歓迎の意を表した。



「レディ、ご挨拶が遅れて失礼した。テオラギア家へようこそ。ボクはロギムの一区域を管理するテオラギア家長男、ルーシー・テオラギアさ。でもまぁ長いから、ボクのことは気軽に『ル』と呼んでくれたまえ」



「え」とディアが思わず声を出す。


「一音だけですか?」

「煩わしさを最大限に削減した結果さ。洗練されていて美しいと思わないかい?」

「洗練し過ぎですって。ルーシーさんって変な人なのです」


 木箱からクスリと笑う声が聞こえる。幾分かディアの緊張が和らいだようだ。


「へぇ、ディアちゃんが笑った。さすがルーだね」

「ジオがテキトー過ぎるんだよ。女性は花のように丁寧に丁重に扱うものさ。さて、客間に案内しよう。紅茶でも嗜みながら優雅に作戦タイムといこうじゃないか」

「ああ、よろしく、ルー!」


 ジオはディアの入った木箱を持って、ルーシーに続いた。

 切迫した状況ではあるが、友人と仲直りするきっかけとなったこの機会に、少なからず感謝しながら。


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